2011年11月08日

映画「悪人」

2010年 日本映画  監督 李相日 吉田修一のベストセラー小説(同名)の映画化。
主演  妻夫木聡 深津絵里 樹木希林 岡田将生 満島ひかり

 我が県出身ということもあって、私は吉田修一のファンである。彼の作品は、舞台が長崎というのがちょいちょいある。親近感があるというより、リアルに場所を知っているので、場面が鮮やかに思い描けてより興味深い。
 この小説は2007年に発表されている。私はこの小説を図書館から借りて読んだ。
 このブログでも読後感を書いている所である。
 昨年映画化された時、劇場へ行ってすぐ観たい気持ちはやまやまだったが、そのうちにテレビ放映になるだろうと思っておあずけにしていた。
 ところが、何と、早くも、今回テレビ放映になった。
 
 本を読んだ時、たしか、この小説に似た事件が、長崎、佐賀、福岡を舞台に起こっていたような記憶があった。
 その記憶は、おぞましくて破廉恥な事件そのものだったが、本を読んで、実はそれが誰にでもあり得る人間的な事件だったのかもしれないと、犯罪人に対して見つめ直したことだった。
 そしてその時、私は、罪を憎んで人を憎まず、というか、清水祐一という犯人がどうしても悪人とは思えず、むしろ善人ではなかったのか、とさえ思ったほどだった。
 今回、映画では、清水祐一をどういうふうに描いてあるのか、画面ではどういう風に映るのか、興味津津だった。
 さて、結果は、とても本に忠実だったということだ。
 殺人に至るまでの過程は、短絡的としかいいようがない。
 犯人に同情する余地などない。
 しかし、どうしても彼を悪人とは思えない。
 私がこの映画を観て、改めて思ったことは、加害者も、被害者も、その家族も、皆世の中の弱者だった、ということである。
 弱者にもプライドがある。ある時、それが爆発して牙を剥いた時、いったい何が起こるのか。
 切なくて悲しい物語だった。
 清水祐一は土木作業員の仕事をしながら、祖母の手助け、祖父の介護もする、ごく普通の青年だった。
 ただ、出会い系サイトを利用さえしなければ…。
 でも、弱者はしょせんこんな形でしか、人を求めることが出来ないのか。
 金髪、ダブズボン、どこにでもいる建設現場の作業員たちが、休み時間にこぞって携帯をしている姿をよく見かける。
 そんな姿に成りきり妻夫木聡の熱演は、現実そのものだった。
 モントリオール国際映画祭では、深津絵里が主演女優賞を受賞した。
 妻夫木は納得いかなかったのではなかろうか。日本人が選ぶなら、絶対彼の方に軍配は上がっただろう。それが証拠に先日、日刊スポーツ映画賞で、主演男優賞を射とめた。ちなみに深津絵里も主演女優賞に輝いている。
 そう、彼女はやはり、存在感があったのだ。
 樹木希林さんも、上手かった。
 彼女は加害者の祖母であり、悪徳商法の詐欺にあった被害者でもあった。
 弱者の悲哀が身体からにじみ出ている名演技だった。

 最後に思ったことは、逃避行した深津絵里演じる馬込光代は、実際はその後どうしたのだろうか。
 きっと時間が経てば、何てバカなことをしたのだろう、と苦い思い出だけを引きずって生きていくのだろうか。
 まさか、あの愛が全てだった。
 なんて、バカなことは思わないだろう。
 小説はどうにでも書けるが、実際は、その時の成り行きで愛と錯覚したとしか私には思えなかったから。
 

posted by hidamari at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後感・映画の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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