2012年05月02日

ミニミニ小説・ステテコbX

bX
 翌月曜日、勇太郎は、みどりが用意したトーストと牛乳で朝食を済ませると、みどりが「こんな状況で出社するの?私は休むよ。あなたも休んでよ」と言うのも聞かず、1人でさっさと歩いて出社した。
 国道は遮断されていたし、周辺の道路は跡形もなく土砂に覆われていた。
 土砂の山を踏み分けて徒歩で会社に行くとなると、2時間はかかる道のりだった。
 夫はなぜそこまでして会社に行くのだろう、とみどりは不思議に思った。
 そしてその夜、「歩いて帰って、また明日歩いて会社へ来るのは大変だから、しばらく会社の近くのビジネスホテルに泊まるよ」と、勇太郎から電話がかかってきた。
 「私も同じ条件よ。なんであなただけ楽するわけ!子供たちはどうなるの?水汲みは?」
 みどりがまくしたてるのを全部きかず、勇太郎は電話を切った。
 その日以来、勇太郎が自宅に戻ることはなかった。
 その代り、豪雨の夜に泊まっていった図書館長と名のる男性が訪ねてきた。
 「あの夜のお礼です」と言って、カステラと新品のステテコをみどりに渡した。
 下着は他にも貸したような気がしたが、どうでもいいことだった。
 ただ、なんでステテコだろう?と思った。
 図書館長は「どうか、あの夜のことは口外しないでください」と念をおして、帰っていった。
 そんなことは既に、みどりの頭になかった。
 本当は、豪雨がもたらした未曽有の惨事より、勇太郎が帰って来ないことの方が大事件だった。
 あの夜、勇太郎の身の上にも何かが起こったのだ。
 そのことで、みどりと子供たちの身の上に、確実に不幸が舞いおりてきたのだ。
 世の中には信じられないことが、ほんとうに突然起きるのだ。
 この先、自分と子供たちの人生は、いったいどうなっていくのだろうか。
 みどりには見当もつかなかった。
 ただ、1日1日をクリアしていくしかなかった。
 うず高く積っていた土砂が、日1日と片づけられていくように、みどりも、自分に降りかかった不幸が日1日と和らいでいくのを待つしかなかった。
 「この新品のステテコ、もう必要ないなあ」という思いがみどりの頭の中をよぎった。
 その時、すっと寂しい風が吹き抜けるのを、みどりはどうしても拭いさることが出来なかったのである。
                 完

 (カテゴリー〈短編小説・つぶらなひとみ〉に連載してきましたが、今回で終了しました)





posted by hidamari at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説・つぶらなひとみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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