2016年06月05日

読後感“女坂”

 昭和36年  新潮社発行
 円地文子著

 この作品は昭和32年に角川書店より刊行されたということ。
 今回図書館から借りたのは、もちろん文庫本。
 私の認識では、円地文子さんといえば、少女雑誌に連載されていた少女小説である。かわいい挿絵がついていた。リアルタイムにとても楽しみに読んでいた記憶がある。
 彼女がその頃、一方ではこんなに重い文学的な作品を書いておられたことを初めて知った。
 今回私がこの本を読んでみたいと思ったのは、新聞の文庫本紹介欄をみて、その内容に興味を持ったから。
 物語は、明治維新直後、武家社会から近代社会に変わった時代。ただ、女の社会はそんなにいっきに変わるものではなかった。
 主人公、倫は、その時代の世にときめく地方官吏(県令の補佐役)白川行友の妻として、一家を切り盛りしている。
 私がこの本を読みだして頭に浮かんだのが、朝ドラ「朝がきた」の広岡アサさん、「花子とアン」の村岡花子さん、大河「花燃ゆ」の杉文さん、「八重の桜」の新島八重さん等、皆同じ時代背景に生きていた女傑たちである。
 彼女たちも、妻としての立場は、倫と同じく封建的なものであったはず。ところが、彼女たちは、その理不尽な妻の立場をそんなに深刻に考えていない。甲斐性のある男はお妾さんを持つのは当たり前と心得、むしろそれを上手に利用していたような。
 私はそれがとても不思議だった。広岡アサさんに至っては、お妾さんと同じ屋根の下で暮らし、その間に出来た子供たちを全部りっぱに育て上げ、夫々出世させている。
 女心は神代の昔から、なんら変わるものではないだろう。お妾さんに対しての嫉妬や、夫に対する憎悪があったはず。
 彼女たちにそれが一応に感じられないのは、彼女たちが夫々自立していたからだろうか。自らの社会的地位を確立し、経済的にも稼げる力を持っていた人たちだったからだろうか。
 だから、夫の行動にまで心が回らなかったのかも。できればお妾さんなど持って欲しくなかったのだろうけど、夫にかまってやれない自分もいけないと思って、きっと諦めていたのかもしれない。
 しかし、このような女傑は一握りで、この時代の上流社会では、倫のような人生を送った女性も少なくはないだろう。
 資料によれば、倫は、円地文子さんの母方の祖母がモデルだという。
 倫自身、自分のことを、側から見たらお金持ちで家族にも恵まれた幸せな奥さんに見えるだろう、と思っていた。
 でも彼女は死ぬ時、「そうではなかった」ということを、夫に言い残すことで、溜飲を下げるのである。
 「お葬式は出してくれるな。死骸は海へざんぶりと捨ててくれ」と言ったということは、「死んでからまで、夫の家にかかわりたくない。夫の家のお墓に決して入りたくない」という叫びではなかったのか。
 これを聞いた夫は、少しは堪えたのだろうか。
 妻がどんなに夫を忌み嫌い、不幸せな人生を送ってきたかを、分かったのだろうか。
 今の時代なら、白川行友の行動は決して許されることではない。
posted by hidamari at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後感・映画の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック