2018年04月23日

読後感 “おらおらでひとりいぐも” “蹴りたい背中”  

“おらおらでひとりいぐも”
 若竹千佐子著  河出書房新社 2018年芥川賞
“蹴りたい背中”
 綿矢りさ著  河出書房新社 2007年芥川賞

「おらおらでひとりいぐも」の方は昨日1日で読了した。
これは単行本ではなく、雑誌「文藝」2017年冬号、図書館で借りたもの。
「蹴りたい背中」は4月初旬夫の入院時、病院の談話室の図書棚からチョイスしたもの。
 なぜこれらを並べて、読後感を書くかといえば、期せずして若竹さんが自分の小説は青春小説とは対峙した玄冬小説である、と述べておられるが、その通りで、その青春小説の代表みたいなものが「蹴りたい背中」だったこと。
 正直、最近の小説は作家が若いということもあり、それなりに面白いが何か薄いようで、感動が今一つ足りないと感じていた。
 事実、「蹴りたい背中」も、もう内容は殆んど覚えていない。確かに私にも高校生時代はあり、主人公の女子の気持ち、共有する部分もあって、表現力上手いなあと思ったことだった。
 でも、「おらおらでひとりいぐも」は、正にシニア世代に向けてのもので、最近これほど感動した小説はない。
 内容は、お一人様の老後生活の話しだった。
 私はいつもの癖で、まず1章を読み、後は最終章5、次4、3、2と読んでいった。
 雑誌だからP数は分からないが、案外短めの小説だったような。
 1章は、最初から東北弁の語り口、それも浪花節調? まるで古典の「宇治拾遺物語」を読み解くような・・・  でも不思議と読解出来た。
 著者は「老い」をテーマにしている。
 誰にでもくる老い、老いとは・・・いろいろな経験をして、物事が分かってくる。しかしそれと同時にいろいろなものを失っていく。そしてその寂しさに耐えていくしかないのだろうか。
 そんなことを言いたいのではなかろうか。
 私の舅が亡くなってしばらく経った頃、私の亡き母が私に言ったことをふと思い出す。
 「あんたの姑さんから電話があったよ、『独り住まいは寂しい、息子の家族と暮らしたい、娘さんにその旨話してもらえないだろうか』って。 私、あんたが困るだろうと思って言っておいたよ。『お母さん、私も独りで寂しいんですよ。でも子供たちに迷惑をかけたくないから耐えているんですよ。お互い頑張りましょう』って」
 その時、私はハッとした。
 私はそれまで、母が独りで寂しがっているとは思っていなかったから。
 強気な母だったから、父が亡くなってもそんなにダメージがあるとは思っていなかった私。 子供たちにはいっさい寂しさを見せずいつも強がっていたことを知った。
 主人公の桃子さんは寂しさを紛らわすため、頭の中にいつも大勢の人たちを登場させて会話を楽しんでいる。
 最終章では、誇りにしている孫娘が現実に桃子さんを訪ねてくる。
 何もかも忘れて喜び一色になって終わっている。
 これって何を言いたいの。
 結局、老いを受け入れその日その日を楽しく生き、そして滅びていこう、ということかなあ。
 感想としては、人はみな、一人生きて、滅びていく、何も恐がることはない、それでいいのだ、ということだった。
posted by hidamari at 22:36| Comment(0) | 読後感・映画の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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