2005年12月12日

ミニチュア・クリスマスツリー


ミニクリスマスツリー.jpg※67 旅立ち
 2人が抱き合う時は暗い中が常だったので、蛍光灯の下でどうどうというのは何とも照れくさかった。カーテンも襖もしっかり閉めてあるのに誰かに見られているようだった。きっともう1人の私が見ているのだと思った。
 慎ちゃんは灯りを消さないまま、いつものように私を優しく抱擁した。慎ちゃんの腕の中で、私は知らず知らずのうちにいつものように甘く溶けていくのを感じていた。
 しばらくして私は何も言わずに押し入れから敷き布団と毛布を出した。そして服を自ら脱いで横になったのである。
 慎ちゃんも丁寧に自分の服を脱ぎ私の横に滑り込んできた。
 私たちは重なり結ばれた。
 慎ちゃんの体重が私にのしかかった時、母の体内に戻ったような安らぎを感じた。
 いつまでもこうしていたいという心地よい重さだった。男の身体がこんなにすべすべと柔らかく、肌と肌と触れ合わせることがこれほどホッとすることとは夢にも思っていないことだった。
「真理ちゃんの肌は白くてホントに綺麗だね、つきたての餅みたい、モチモチしとる」と慎ちゃんがうっとりした声で言った。潤んだ穏やかな目をしていた。
 私は黙って私の身体の上の慎ちゃんを再び強く抱きしめた。そして深くて甘いキスを何度も繰り返した。
 不思議なことに、もう1人の私はその間ぴたりと影を潜めて、チラリとも現れなかったのである。慎ちゃんと私の中に入り込む隙間がどこにもなかったのだろうか。68へ

(写真は昔もらったかわいらしいツリー。毎年この時期に出して飾る)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)

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2005年12月10日

サンタの変わり人形


サンタの人形.jpg※66 旅立ち
 真理子、あんた何やってるの?親のいないのをいいことに男を連れ込んでるんだよ、恥かしくないのかい、今ならまだ間に合うからさっさと慎ちゃんを帰しなよ、としきりに叱りつけるもう1人の私がいる。
 その時、一瞬父と母の怒った顔が頭に浮かんだ。
 でも、私は開き直っていた。
 そんなに悪いことなの?確かに親が留守の間というのは良くないよ、でも、こうしないと私は前に進めないんだよ、明日からはきっとあんたの言う良い娘に戻るから、今夜だけは目を瞑っていて!お願いだから父さん母さんには内緒にして!と、私は必死でもう1人の私に向かって懇願していた。

 部屋へ入った慎ちゃんは、部屋の真ん中に立ちすくんだ。「俺この部屋に遊びにきている自分をいつも想像していたとよ」と感慨深そうに部屋を見回した。
 勉強机、本棚、洋服タンス、整理タンスを置いた、ただ長四角いだけの6畳間だが、私のお城である。日曜毎に掃除もしているので一応小奇麗に片付いていた。
 「この部屋にキツネ男が来たとやね」と慎ちゃんはぼそっと独り言のように言った。その彼の一言で私もまた、4年前の夏に起きたそのキツネ男のいやな出来事を思い出してしまった。
 「もうすっかり忘れとったとに」と言いながら、とたんに気分が滅入っていくのを感じていた。
 急に顔を曇らせた私をみて、あわてた慎ちゃんは「ごめん、思い出させて、……おいで」とまるで子どもをあやすように私に向かって両手を差し出した。

 私は、直に、慎ちゃんが差し出した両手の中に身体を投じた。その時私は、いよいよ慎ちゃんが成すがままに身を任せるのだと思い、身体が震えるのを禁じ得なかったのである。※67へ

(写真は、クリスマスのプレゼントとしてもらった小さなお人形)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)

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2005年12月08日

ホテルの中のクリスマスツリー


ツリー.jpg※65 旅立ち
 私の家の前を通っている道は、先に人家が5軒あるものの、午後の10時を過ぎると特別なことがない限り人は通らない。
 慎ちゃんだけが夜間高校から帰る時、私のことがあるのでわざわざこの道を通るのだが、それを知っているのは私だけである。
 木戸の前で私を抱きすくめた慎ちゃんは、父と母が留守というのがやはり気を楽にしているのだろう、なかなか私から離れようとしない。
「もう遅いから」と私は彼を軽く押した。すると、さらに強く私を抱きしめてきた慎ちゃんは「もう少しだけ」と私の耳元で囁いた。
「じゃあ、ちょっとだけ家に寄って行く?」と言うと、「うん」と驚きもせず、私の心を見透かしたように落ち着いていた。
 2人は木戸を入り裏口の鍵を開けて家に入った。
 家が留守の間、朝出る時、裏口から入る土間の豆電球を点けたままにしているので、暗い家の中にも難なく入ることが出来た。両親が出かけた翌日、夜帰宅して鍵穴が分からなくて困ったのでそうしているのだ。

 慎ちゃんが我が家に入るのは、餅つきの手伝い以来4年ぶりである。
 餅つきもあれっきり、家ですることはなかった。時代の流れで、お正月用の餅が簡単に外注出来るようになったこともあるが、慎ちゃんを手伝いとして我が家に呼ぶのに、まず母がいやがり父も抵抗があったのは否めなかった。
 慎ちゃんは心の中では、手伝いに呼ばれることを期待していたようだが、うすうす事情を感じ取って、仕方のないことと諦めたようだった。

 私たちは家の中に入ったとたん、無口になった。言葉を発しなくとも、お互いの心の中が手に取るように分かっているような気もした。でもそれ以上に、何かしら気まずくて、発する言葉が見つからなかったのかもしれない。
「私の部屋に行く?」
「うん」
 私たちはそれだけ言うと、2階に上がって行った。※66へ

(写真は、忘年会会場のホテルロビーで、飾り付けてあったクリスマスツリー)
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2005年12月06日

ホテルの階段踊り場の飾りつけ


ホテルの階段踊り場の飾りつけ.jpg※64 旅立ち
 私は現に、今、慎ちゃんと付き合っているのだから、自分が処女であるなどと厚かましいことは決して思っていないが、世間で言う最後の一線だけは守っていた。
 慎ちゃんが熱情のあまり、いずれ結婚するんだから……と言って迫ってきた時、私は、もし赤ちゃんが出来たら今私たちに育てられるの?と言って、かたくなに彼を制したのである。
 慎ちゃんは、時代に翻弄され、その残酷な出生の十字架を背負わされている、いたいけない犠牲者である。私のこの言葉を、誰よりも重く受け止めることが出来た。
 それっきり、最後の一線だけは、自ら優しい気持で守ってくれているのだ。

 でも、その夜、私は自信がなかった。というより覚悟が出来ていたというべきだろう。
 慎ちゃんと来春は別れる決心をしている私は、彼に私の誠意を示したかった。
 慎ちゃんのこと、ホントに愛しているんだよ、身体をはって愛してるんだよ、ということを示しておく必要があると考えたのだ。
 でも、それは、彼のためだけではなかった。私自身のためでもあった。そういう確かな区切りをつけなければ、絶対別れられないような気がしていた。
 別れるために、私の全てを慎ちゃんに捧げよう、と決心した。しかし、それはずるずると引きずらないで1回だけにしようとも思った。そうすれば、きっと、私の中では初恋の良い思いでとして、永遠に残るだろうと考えたのだ。

 どんなに愛し合っていても所詮彼は、春になると東京へいってしまう。そうすると、彼との仲は自然消滅するのではないかという不安を、心の何処かにいつも抱えていた。 そんなあやふやな立場で物理的に離れて暮らすことは、私にはやはり出来ない相談だった。
 別れは私からというのは、そんな私の悲しい意地と打算だった。※65へ

(写真は、忘年会が行われたホテルにて、撮ったもの)
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2005年12月04日

道端のケイトウの花


道端の鶏頭の花.jpg※63 旅立ち
 昭和41年私は21歳、慎ちゃんは20歳になった。慎ちゃんは20歳といっても夜間高校4年生、やっと卒業の年を迎えたのだ。
 進学したり上京したりするのに、まとまったお金がいるのを、慎ちゃんは申訳なく思っていたのだろう。毎日身を粉にして働いた。おばあさんも、孫には違いない慎ちゃんを憎いはずはなく、東京へ発つ時は、ある程度のことはしなければならないと思っていた。そのことは、近所の人に、噂話として「おばあさんは、慎ちゃんに、この際、財産分けのつもりでまとまったお金を持たせるらしいよ。でも、秀雄さん夫婦がなかなかいい顔しないらしいけど」とまことしやかに伝わっていた。

 その年の秋、父は郵便局勤続20年のお祝いとして、局から旅行クーポンを頂いた。
 父はそれを機に、母と東京旅行を思い立ったのである。東京には母の妹がいる。そこに次姉の妙子もお世話になっていた。かねてから父母は、東京へは1度行ってみたいと思っていたことだった。
「真理子、留守番出来るか?」
「もちろん大丈夫よ」
「京子に来てもらってもいいが、戸田さんも付いて来るしなあー」
「大丈夫だって、1人暮らし、してる友達だっているよ。帰って寝るだけだから、何てことないよ」
「戸締りと火の始末だけは気をつけろよ」
 そう言って、父と母は、私に心を残しながらも、この月曜日に、1週間の予定で東京へと出かけて行ったのである。

 私は、慎ちゃんにそのことを言わない方がいいということは、分かっていた。
 1人ではぶっそうだと、必要以上に心配されることに、気が重かったこともあるが、もし「遊びに行く」と言われたら、私には断れないだろうと思ったのだ。

 木曜日の夜、洋裁の日がやってきた。
 バスを降りて、私はずっと考えていた。慎ちゃんではなく私自身が、彼に家にきて欲しいと願っているのに気がついていたからだ。
「今ね、父と母は東京へ行ってるとよ」と、ついに言ってしまった。
「えっ!ホントに!真理ちゃん、1人でいると?大丈夫ね」と案の定心配そうに聞いてきた。
「うん、もう3日経ったよ、平気だよ」
「でも、俺心配だよ、……おじさんたち、よく真理ちゃん1人残して行ったねえ」
「ううん、心配だとは思うよ、昨日も電話あったし」
「俺、用心棒に行ってやろうか」
「何言ってるのよ、父さんはそれが1番心配なんだから」
「そうだよねえ」
 いつの間にか、私の家の木戸に到着した。
「じゃあ、バイバイ」と私はいつものようにつないでいた慎ちゃんの右手を固く握りしめた。
 別れる時の合図だった。
 慎ちゃんは、返事をせずに私をそのまま抱き寄せた。※64へ

(写真は、道端に何気に咲いているケイトウの花。花好きの誰かが植えたもの。楽しませてもらっている)
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2005年12月02日

高価なリンゴ


高価なリンゴ.jpg※62 旅立ち
 クリスマスイブがやってきた。
 その日、父と母には、会社の若い人たちが集まって、クリスマス食事会をするのだと言った。母は「行っといで、いいね、若い人たちは」と口では羨ましがったが、娘の私が楽しむのを優しく見守ってくれていた。それだけに、嘘をついている自分がみすぼらしく思え、居たたまれなかった。

 イブにふさわしく寒い夜だったが、教会の中は暖房のせいもあるが皆の熱気でポカポカと暖かい。
 クリスチャンでなくとも十分厳かな気持になれた.ミサの内容も何となくわかったし、讃美歌も親しみのあるものばかりだった。
“きよしこの夜”“諸人こぞりて”等、パイプオルガンの素朴な音色に合わせて歌う歌は、心に沁み渡った。皆に合わせて私も歌った。なぜか心が落ち着き、清々しい気持にさせられる。私は一夜だけの敬虔な信者になっていた。
 ミサが終わり、慎ちゃんと私は、神聖な場所での荘厳な気持をひきずったまま外に出た。ずっと無口だった。でも、なんともいえず気持ちよかった。
 帰りのバスの中で、慎ちゃんは私の手をしっかり握りしめ「誰にも祝福されなくてもいいけん、2人だけでも、教会できっと結婚式をあげようね」とポツリと言った。
 私はさすがに返事が出来なかった。胸が締め付けられるような痛さを感じていた。私は慎ちゃんを騙しているのだろうか?マリア様へのお祈りは何だったのだろうか?※63へ

(写真は、リンゴの木のオーナーになり育ててもらったという高価なリンゴ。1個600円。頂き物)
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2005年11月30日


20051130c9a250e1.jpg※61 旅立ち
 11月末になって慎ちゃんは広田に帰ってきた。
 また、いつものローテーションでの生活が始まった。 洋裁の日の木曜日は相変わらず、つかの間の逢瀬の時間だった。逢瀬といってもバスの後ろから2番目の席に並んで座り、バスから降りて、手を繫いで歩いて帰るだけだった。だが、私たちは十分満たされていた。少なくとも私は、この平和な時間が少しでも長く続けられることを願っていた。
 心の中では、来年3月慎ちゃんが東京へ発つ時は、きっぱり別れようと決めていた。慎ちゃんにいつの時点で別れ話を持ち出そうかとぼんやり考えていたが、とにかくそれまでは今までどおり付き合っていこうと考えていた。
 別れるのだと意識しながら徐々に自分をコントロールしていこうと考えていたのだ。
 でも、私は自分の気持をコントロールすることで精一杯で、慎ちゃんの気持を思いやることまで気が廻っていなかった。

 そんな時、慎ちゃんが、私を教会へ連れていきたいと言った。
「クリスマスイブに、真理ちゃんを教会のミサに連れて行きたかとけど、いい?」
「教会?」
「うん、俺、実は去年、イブに教会に1人で行ったとよ。施設を出て以来、久しぶりにミサに行ったと。すごくよかった。今年必ず真理ちゃんを誘おうて決めてたと」
「……」
「いいやろ?」
「私、クリスチャンじゃないよ!」
「ううん、いいとよ、俺だって信者じゃないよ、クリスマスのミサは特別だから誰でもいいんだって、信者の人は白いベールを被るけん、それで区別出来ると」
「そうなの、で何時から?」
「夜の7時から、俺、学校も冬休みだし、ねえいいやろ?行こうよ」
「……そうね、何でも経験やもんね」
 教会は私にとって未知の世界だった。不安はあったが、……いい思い出にもなるし、と思った。
「いいよ、連れてって」と慎ちゃんの目を見て大きく頷いた。
 慎ちゃんは安心したように、にっこり笑い「いいね」と私の目に念をおした。私は首を何度も縦に振った。
 
「俺ね、真理ちゃんのこと、マリア様と思っとるよ」
「やめてよ、いやだよ」
「ごめん、でも、マリア様はねぇ、俺にとってずっとお袋だったし、恋人だったとよ。それがいつのまにかマリア様が真理ちゃんに重なったと」
「やめてよ、そんな世界、ヤだよ」
「どうして?」
「だってぇー」
「ごめん、……そうそう24日は天主堂入口の電停で待ち合わせしようね」
「うん、わかった」
 こうして私は、クリスマスイブに慎ちゃんと教会に行くことになった。※62へ

(写真は、最近私の周りでは遊んでいる畑を借りて、こじんまりと楽しみながら、農作業をしている人が増えている。1枚の畑に寄せ植えしてある畑)
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2005年11月28日

冨有柿


2005112884d30b35.jpg※60 旅立ち
 その後、1週間程経って、慎ちゃんからまた職場に手紙が届いた。
 昭夫さんにめでたく第3子が誕生したということ。上2人が男子なのに、また男子で家族が少しだけがっかりしていて、赤ん坊がかわいそうだということ等が書いてあった。
 そして、命名をみなで考えた結果、自分が出した理(さとし)という名前がなぜか採用されたということ。字画数が良かったらしいが、慎ちゃんは(ずっと真理ちゃんのことばかり考えていたから、理というのを考えたんだよ、ちゃっかりしているでしょう、僕の中では、毎日真理ちゃんに思いを寄せていたという記念になります)と、ひどく感激している様子だった。
 私は複雑な気持ちだった。見ず知らずの赤ん坊に私の名前付けられたって、というのもある。それより、何なの、記念になるなんて、私のことは思い出にするの、と心のどこかにひっかかったのである。慎ちゃんも、私と将来を共にすることはありえないと、既に分かっているのかもしれないと思った。願ってもないことだったが、許せないような気もした。そして自分は慎ちゃんと一緒の将来は考えられないのに、慎ちゃんが考えてないことを許せないと思う自分勝手さにひどく驚いたのである。※61へ

(写真は頂き物の冨有柿。甘くてジューシーであった。ビタミンCが豊富だということ)
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2005年11月26日

校庭の夕暮れ


2005112608095ad9.jpg※59 旅立ち
 映画“愛と死を見つめて”は不治の病の女性を支え続けた男性の純愛物語である。
 最後に亡くなってしまう吉永小百合は、可愛くて迫力があった。慎ちゃんも私も泣いた。私たちはずっと手をつないだままだった。映画に入り込んでいても、ふっと気が付くと隣に慎ちゃんがいるのだと思うと、何とも言えず安らいだ幸福感が湧き上がり、その度に手を強く握り合った。
 映画が終わると、館内が明るくなる前に私たちは足早に映画館を後にした。
「9時半のバスで帰らないと」と私が言うと、慎ちゃんは腕時計を見て、
「うん分かった、1時間まだあるよ」と言った。
「そうね、お腹すいたね」と言いながら、私はお昼にクリームパンとジャムパンを買ってバッグにしのばせているのを思い出した。
「公園でパン食べよう」
「うん、真理ちゃん気が付くんだね」
「遅くなると、レストランも締まっちゃうしね。そう思ったの」
 その日は新月だった。刃物のようにスリムなお月様だが、けっこうあたりはうっすらと明るい。11月に入ったとはいえ、ちっとも寒く感じられず、夜気がほてった顔に返って気持よかった。
 私たちは5分程歩いて市民会館前の公園にたどりついた。あちこちにアベックが2人の世界にふけっていた。
 慎ちゃんと私は建物の横の隙間に導かれるように引き寄せられ、壁を背にして、性急に抱き合った。自然に唇を求め合いキスをした。身体と身体をどんなにくっつけても足りなかった。
 慎ちゃんは私の耳元に口をつけ「会いたかったよぉ」と何度も囁いた。そして「真理ちゃんはどうだったとぉ」と何回も聞いてきた。慎ちゃんの逞しい腕の中で、私はまた猫のように身をくねらせて、ただ「うん、うん」と頷いていた。
 そんな時、必ず、事態を冷静に見つめているもう1人の私がいて、真理子、お前はダメな女だね、シャンとしなさい、と言っている。※60へ

(写真は、近くの中学校の運動場の片隅、夕暮れの紅葉が美しい)
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2005年11月24日

ミルクチョコレート


200511243acf2fe6.jpg※58 旅立ち
 慎ちゃんといると、カシミヤの毛布に包まれているような心地よさがあった。
 会うまでは、将来を共に出来る男性ではないのに、会ってどうするのとか、知っている人に会ったらどうするのとか、ヒヤヒヤばかりするが、会ってしまえば魔法にかかったように何もかも忘れてしまい、大胆になってしまう。どうなってもかまわない、と思ってしまう相変わらずダメな私だった。
 憧れのステキな川辺さんといる時は、丸いボールの上にいるように不安定なだけなのに、慎ちゃんといるとどうしてこんなに心地いいのだろうかと考えてみる。
 それはとっくに分かりきっている。2人の気持が通じ合っているからに他ならない。
 私たちが愛し合っているのは紛れもない事実である。もし、この世に家族もなく、周りに誰も知り合いがいないなら、躊躇なく慎ちゃんと結婚するだろう。それが出来たらどんなに幸せだろうと思う。しかし、私には愛する両親がいた。世間体があった。それは私にとって何より大きな壁だった。
 父は、ある時至極真面目な顔をして、
「そんなことは無いと思うが、慎と付き合うことだけは許さんぞ、慎と付き合うくらいなら、どこかの浮浪者がまだましだ」と、私に引導を渡していた。
「なんばバカなことば言いよっと。そんなはずないっしょ。でもなぜなの、いつも慎ちゃんは良い子だ、よう働く感心な子だって褒めとるくせに」
「おまえはバカか、真理子の相手にはダメだって言うとるだけだ。慎がどんな生い立ちか真理子もよう知っとろうが」
「…」
「ロシア人の血が流れとっとぞ、獣ぞ」
 私は父から改めてそう言われた時、思わず身震いした。足元を救われた気がした。慎ちゃんが遠のいていった。慎ちゃんに対して漠然と恐怖を感じたのも事実だった。
 でも会えば、その恐怖もどこかへ吹っ飛んでいった。
慎ちゃんはいつも将来の夢を私に話してくれたし、それに向かって日々勉強をしていた。こんなに真面目で優しい子に、そんなに恐い血が流れているのが信じられないのだ。そんな宿命の彼がかわいそうでたまらなかった。私だけは信じてあげようと思うのだった。※59へ

(写真は、夫がパチンコで取ってきたフジヤのミルクチョコ。食後の1個はとても美味しい)
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2005年11月22日

匂い袋


20051122ef63932c.jpg※57 旅立ち
 私が男性と2人で映画を観るのは、これが初めてではなかった。
 実は、会社に入って半年くらい経った頃、憧れの川辺さんと2人で黒沢明監督の“天国と地獄”を観にいったのである。
 半ドンの土曜日の午後、たまたま会社に残っていたのが、川辺さんと私だけだった。
「帰らないのですか」と声をかけると、「うん、もう帰るよ」と、「アアーッ」と背伸びした両手を頭の上で組み、「今から何しようかな」と言った。
 私はその時、とっさに今がチャンスと思った。川辺さんに東京在住の彼女がいるということは噂で聞いていた。が、結婚している訳ではなかったので、気が変わるということがあるかもしれないと、ちょっと思ったのだ。
 日頃の川辺さんは、私に対していつも紳士的に接してくれる。中洲の夜の街へも仲間達と一緒にだが、時々飲みにもいっている。もちろん彼は私に対して特別な感情は何も無い。今日だって、本当に土曜日の午後をどう過ごそうかと悩んでいるのだ。私にも、彼の態度を見ていると分かることだった。
 それでも、ずっと川辺さんの大人の優しさに憧れて、密かに慕っていた私は、川辺さんが心変わりしてくれるのをひたすら願っていたのだ。
 今、私は自分の気持ちを抑えることが出来なかった。
 今日こそ、後悔しないためにも思い切ってぶつかってみようと思った。

 「今から、映画、観に行きませんか?」
 川辺さんは、最初はキョトンとした顔をして戸惑ったようだが、ちょっと考えて
「そうだな、別に何もすることないし、本田さんにはいつも世話になってるからなあ、映画もたまにいいねえ、…おごるよ」と言ってくれたのである。
 私はヤッターと心の中でガッツポーズをした。
 とりあえず、デートはOKなんだ、もしかしたら何かが始まるかもしれない、という甘い期待に胸を膨らませたのである。

 しかし、その日のデートは私にとっては、私だけが空回りした、ただ無味乾燥なだけの時間だった。

 映画を見終え、外に出るとすぐ、彼は「じゃあ、ここで」と言って帰ろうとした。私は、映画を観ただけで、会話らしい会話を何1つ交わしていないことに、どうしても納まりがつかなかった。このまま帰りたくなかった。
「あのぅ、お礼にお茶、私がおごります。そこまで付き合って下さい」と、思わず懇願するようにひきとめていた。普段はおとなしい私が、以外にも次々に積極的なアプローチをするのでますます戸惑ってしまったのかもしれない。 川辺さんは断ることが出来なかったのか、
「そうぉ、じゃあちょっとだけなら」と言って、喫茶店へ付き合ってくれた。私の心の中で再び光明がさした。
 しかし、そこでも「映画なかなかおもしろかったね」と言うくらいで、たんたんとコーヒーを飲み終えた。
喫茶店を出ると、川辺さんは、今度こそもう応じないよ、というように毅然たる態度で「それじゃあ、これで、僕は失礼するよ」と言うと、何の余韻も残さず雑踏の中へ消えていった。
 残された私は、ちょうど観たかった映画を一緒に観られただけ、それだけでも十分良かったと、無理に自分を納得させるしかなかった。
 繁華街の喧騒の中で一人ぼんやりしている私を、もう1人の私が大きくカメラを引いた。
 荒涼とした砂漠の中でただ1人ポツンと立っている私が見える。

 周りが全く目に入らなかったし、まわりの騒音が一切遮断されていた。
 重い足取りで歩く街なかは、太陽がまだまだ高く、やけに強い陽射しは、空っぽの私の心の中に容赦なく入り込んだ。それはやがてチクチクと私の胸を痛めたのである。
 
 後日、彼が既に婚約していることを知った時、私は、自分のとったこの日の無鉄砲な行動が、さすがに恥かしかった。川辺さんは私に恥じをかかせないように、相当無理をして付き合ってくれたのだった。※58へ

(写真は、お土産にもらった匂い袋)
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2005年11月20日

干し柿


2005112072b8149e.jpg※56 旅立ち
  映画に行く約束していた11月1日、職場に慎ちゃんから電話が入った。
 電話をとったのは渉外課の係長だった。
「真理ちゃーん、電話だよ!」と呼び出された時、慎ちゃんからだとは思わなかった。
「彼氏から」と受話器を渡しながら係長は私をからかった。電話を取り次ぐ時、いつもいう口癖だと思った。
 でも、電話は慎ちゃんからだった。
 電話の内容は、映画館の前で6時に会おう、という再確認のものだった。
 事務的なやりとりで電話が終わり、有難うございました、と言って受話器を返すと、係長は、「真理ちゃん、男は見かけじゃないよ、将来性が1番大事だよ、君の将来を託すんだから」と私の耳元でささやいた。
 何で、そんなこと言うの、係長は私たちのこと知ってるの?と思ったが、知ってるはずはなかった。一般論を言ってくれただけなのに、そのことばは、妙に私の胸にグサッと突き刺さったのである。

 私はその日、ベージュのセーターとカーディガンに自分で縫った深いグリーン色のタータンチェックのボックスプリーツスカートを着て、靴はローヒールを履いていた。学生服の慎ちゃんに合わせようと思ったのだ。
 セミロングの髪は少しパーマが残っていたが、耳の上でピンを留めただけだったし、意識して殆んど化粧らしい化粧もしていなかったので、女学生に見えなくもなかった。
 私が映画館に着いた時、既に慎ちゃんは到着していたが、いつものように私に気を使い柱の影にいた。
 私の姿を見てスーと横に立ち肩をたたいた。そして、学生1枚大人1枚のチケットを買った。
 代金を払おうとする私に、首を横に振り、いいからと言いながら、私を映画館の中へと促した。
 押し問答するのもみっともないと思った私は、じゃあ自分の分だけと無理に学生服のポケットにお金を入れた。慎ちゃんもそれ以上抵抗しなかった。
 中に入ると、慎ちゃんは直ぐ私の手を取り、後から2番目の席へ行き「ここでいい?」と言った。
 平日だったので席は半分くらい空いていたのに、私たちはバスと同じようにその後から2番目の席に座った。最後列には誰も座っていなかったし、回りにも誰もいなかった。
 慎ちゃんと、博多の街なかで会ったり映画を観たりすることを、私は、ずっとシミュレーションしていたことだった。今それが現実となっていた。いつもわだかまっている将来の不安は姿を消し、ただワクワクと胸が躍った。
 私たちは初めてデートらしいデートをしているのだ、としみじみ嬉しかった。※57へ

(写真は、干し柿。種もなく今年は甘い)
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2005年11月18日

カステラ


20051118ad08a4b7.jpg※55 旅立ち
 10月末、慎ちゃんが昭夫さんの家へ行って、10日くらいたった頃、私の職場に慎ちゃんから手紙が届いた。
(11月1日は、夜学が創立記念で休校だけど、昭夫さんには内緒でいつも通り家を出るので、夜、私に会いたい)というものだった。そして、(昭夫さんからもらった小遣いがあるので、今上映されている吉永小百合主演の“愛と死を見つめて”の映画を観に行こう)という内容の手紙だった。

慎ちゃんは、文学少年だった。
 私は、高校を卒業する時に、古語辞典や英和辞典のお下がりを慎ちゃんに譲った。慎ちゃんはお礼だといって、文庫本のお下がりを私にくれた。彼は、私が好きだという本を購入すると、自分がまず読み、その後、私にくれるのだ。
“愛と死を見つめて”という映画は、もともと実話が本になったものだった。
 この本は私が買った。私が読みたいと言っても、単行本は高いので慎ちゃんに買えるはずがなかったのだ。
 当然、慎ちゃんにもその本を読んでもらった。テレビでもドラマ化されていた。私たちは、この物語を興味深く話題にしていた。映画になることが分かった時、見たいね、とも話し合っていたのだ。

 きっと、慎ちゃんは常々私にプレゼントしたり、一緒に映画に行ったりしたいと思っていたのだろう。

 1年半程前になるが、砂山で2人が会った時のことだった。
 「真理ちゃんに、これあげる」と慎ちゃんは私に、包装紙に包んだものを恥かしそうに差し出した。
「何よ、これ」
「俺、真理ちゃんに何かあげたいって、いつも思うとるとけど、お金ないし。…これ、ばあちゃんが葬式の香典返しでもろうたものを、俺にくれたもの」
「えっ!お葬式の?」
「うん、ばあちゃんがいつも俺にくれると。だから俺大事にしまっとったと」
「でも…、中身は何ね」
「白いハンカチやタオル」
「えっ、ええー、い、いらないよ!」
「……」
 慎ちゃんは伏せた長い睫毛をピクピク動かした。半分泣いたような笑みを浮かべ、頬を赤らめた。
 私は、慎ちゃんを傷つけたことより、私自身が惨めに思えて、だんだん切なくなった。
 身体は大人だけど、所詮、彼は私より年下でまだ心もとない子どもなんだと、アンバランスな慎ちゃんに、私は、改めて現実を見せ付けられ茫然としたのだ。
 沈黙の時間が流れた。

「ごめんね。…でも、これは慎ちゃんが百姓する時、使いな。私何もいらないから、気を使わんでいいよ」と、精一杯優しく言った。
「うん、……俺…ごめんね、こんなもん持ってきて」消え入るような声でうつむいたまま答えた。
「ううん、でも慎ちゃんが働くようになったらうんといいもの買ってね」と思いきり明るい声で、自分にも言い聞かせるように言った。
「うん、そりゃあもちろん」小さく頷いた。
 気まずい時間が流れた。

「今度、映画に行こう。私がおごるよ」彼を傷つけた後ろめたさが言わせた、不用意なことばだった。
 慎ちゃんは、このことばで、笑顔を取り戻した。
「ホント、有難う、絶対行こうね。真理ちゃんよろしく、俺働くようになったら絶対お返しするから」と、意外なほど喜び、だんだんと元気になっていった。
 
 慎ちゃんはそれから、私が映画に誘ってくれるのを、ずっと心待ちにしていたのかもしれない。彼の気持を知りながら、私はなかなかその気になれずにいた。

 慎ちゃんの健気な気持が重苦しかったが、私はこの際“愛と死を見つめて”の映画を2人で観に行こうと思った。※56へ

(2斤のカステラを戴き、1人で毎日食べている福砂屋のカステラ。食べ終わる時は、また体重が)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)

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2005年11月16日

草花の寄せ活け


20051116951eab59.jpg※54
 それから私は毎日を、溌剌と過ごすことが出来た。父と母とも落ち着いて話が出来た。夜、慎ちゃんと手紙を交換することもないので、時間を気にせず、オリンピック競技のテレビ中継を、家族で楽しむことも出来る。結婚した姉、京子には男の赤ちゃんが出来ており、既に1歳になっていた。土曜日には家族で泊まって行くこともあり、甥を含めて家族団らんが何より楽しかった。この何気ない平和な生活が愛しかった。
 やはり慎ちゃんと付き合うのは、私にとっては不幸なのだと思えるのだった。
 ふっと、今職場で、私に、結婚を前提に交際しようと言ってくれている住田さんのことを考えていた。彼となら、私が結婚すると言っても、父は反対しないだろうと、ぼんやりと考えた。
 恋愛と結婚は別なのだと考えたのだ。
 彼は博多の人で、私より8歳年上、東京の有名私大出身、長身でがっちりした体格の持ち主である。顔はポチャッとした丸顔で眼鏡をかけている。決してハンサムとはいえないが、インテリジェンス漂う人なのだ。難点といえば、母子家庭で一人っ子ということだろう。男性として結婚適齢期なのか、恋愛感情を無視して結婚を切望している人なのだ。

 でも、私がどうしても誘いに応じきれないのは、何も彼が親1人、子1人だからということではなかった。
 彼に相対すると、私はどうしても気後れしてしまい、萎縮してしまうことだった。
 グループで冬の登山をした時のことだった。
 昼食時のこと、私が悴んだ手で缶詰を食べようとしていると、「美味しそうだな、僕にもくれ」と住田さんが声をかけてきた。私は反射的に「はい」と自分が食べていたものを、そのまま渡してしまった。

 「それ君の食べかけだろう?新しいのを取って」
 その時反射的に彼から発せられたことばだった。
 さも汚さそうにそう言われたことは、彼に少しばかり気を許していた私にとって、とてもショックなことだった。彼が私を傷つけるつもりでないことは、よく分かっていた。なぜならそれは彼本来の姿だったからだ。

 私は、自分の軽はずみな行動が恥かしくて、しばらく固まってしまった。
「夜はガウンを着て、ワインを飲むんだ」という何気なく話した彼の家庭での様子も、なぜか耳から離れない。
 そんなことを思い起こしていると、私の未来に住田さんの姿も見えなかった。
 住田さんは私にはやはり遠い存在だった。55へ

(写真は、料理教室の食卓に飾ってあったもの)
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2005年11月14日

かわいい絵柄のコーヒーカップ


20051114bee70e2c.jpg※53 旅立ち
 いつの間にか私は20歳になっていた。
 世の中は東京オリンピックで沸きかえっていた。

 その頃から私は毎日、漠然とした不安にかられるようになった。それは、まるで暗闇の海へ小船を漕ぎ出すような、頼りなさだった。
 慎ちゃんがますます好きになっているのに、一方では憂鬱でたまらなかったのだ。
 これから一体私はどうなるの?どうしたらいいの?と考えれば考えるほど、目の前にモヤがかかり前が見えない。どんなに良い方に考えても、慎ちゃんと一緒にいる未来は見えてこないのだ。
 慎ちゃんは、私が仕事を辞め、親を捨ててでも自分と一緒に東京に着いてくると、本気で思っているみたいだった。手紙の交換で何度もそのことが書いてある。
 私は、彼の一途さに途方もなく恐くなることがあった。
 最後には、何もかもめんどうになり、まだ先のことだ、考えるのはよそうと、結局はそこで終わってしまう。

 そんな時慎ちゃんが、彼が施設から引き取られた後、小学校1年生から小学4年生まで育った博多の昭夫さんの所へ、1ヵ月間手伝いに行くことになったのである。
 昭夫さんの奥さんがお産するため、下の子どもたちの世話と家事の手伝いが必要ということらしい。他人を雇うより、何でも出来て気心が知れている慎ちゃんに白羽の矢がたったことは当然のなりゆきだった。その間慎ちゃんは昭夫さんの家から、夜学に通うことになった。
 彼は、私と会えないのが寂しいと言い、私の職場に手紙を出したいと言った。言われるまま、私は住所と、電話番号を教えた。

 慎ちゃんとしばらく会えないのを寂しいと思う反面、私は内心なぜかホッとした。慎ちゃんとコソコソ会う緊迫感と、その後、親に対した時の怯える気持ちに、その頃、私はほとほと疲れきっていたのだ。
 これから1ヵ月はのびのび生活が出来ると、久しぶりに開放された気持になり心が安らいだのである。※54へ

(写真は、いただきものだが絵柄がかわいいので)
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2005年11月12日

藍色の鬼百合柄絵の、コーヒーカップ


200511126499e267.jpg※52 旅立ち
 いつもの時間よりずいぶん遅くなっていた。
 さすがに、父も心配してひょっとしたら国道へ出てきているかもしれないと思った。
 現実に戻ると、今していた行動がひどく虚しく、空恐ろしくさえ思えてくる。
 「慎ちゃん、ここでしばらく様子を見ていてぇ。私があの道に入ってから帰ってよ。もし、父がいたら面倒だから」と言うと、慎ちゃんも「そうだね、ここで見てるから、気をつけて帰って」と、私のブレザーとセミフレヤースカートに付いたゴミを丹念に取り除き、不安そうに見送った。

 父は、案の定、国道に出る曲り角で仁王立ちして待っていた。
「父さん!ごめんなさい。電話しようと思ったとけど、もう寝てると思うたけん」
「いつものバスに乗り遅れて、次ので来たとよ。慎ちゃんとも一緒になれんやったけど、月の夜でぜーんぜん恐くなかったよ」
 と、たたみかけるようにベラベラ喋りまくった。
 父の顔をまともに見られなかった。油断すると魂の抜け殻のようにポーッとしてしまう自分の顔と、シャンとしようと思ってもどうしても力が入らない自分の身体の頼りなさを、絶対父に見られないように先になって歩いた。一刻も早く父の側を離れて自分の部屋にたどり着き1人になりたかった。
 父は、「何で乗り遅れたとか?」と、遅くなったことだけを問い詰めた。
「洋裁、切りのいいところまでって、ついつい長引いたとよ」と答えた。
 父の態度で、慎ちゃんと遊んでいたことは、ばれていないというのが分かった。水風呂がだんだん温まっていくように、ホッと胸を撫で下ろしたのである。

 バスに乗り遅れることは、実際にも、それからはしばしばあったのである。
 そんな時、慎ちゃんは私が乗るバス停で下車して、私を待っていた。でもこれが私にはとても切ないことでもあったのだ。
 私は花田さんといつも一緒だった。慎ちゃんは私の姿を見つけると、嬉しそうに近寄ってくる。私は花田さんに慎ちゃんのことを知られたくなかった。
 近づいてくる慎ちゃんの目を反らして知らないふりをした。
「本田さん!知り合いじゃないの?」
「ううん、人違いじゃないの?」と無視をしたのだ。
 慎ちゃんは、場を察知して、悲しそうな顔をして私の前を通り過ぎた。
 この時私の取ったとっさの行動が、慎ちゃんの心を傷つけたことは間違いなかった。
 花田さんがバスに乗った後、慎ちゃんにどんなに謝っても、気まずさはしばらく残った。
 でも、慎ちゃんは次からは、花田さんがバスに乗るまでは、ちゃんと見えないようにバス停の隅に隠れていてくれた。
 また、家の近所では、疑いを持たれるような行動はいっさい取らないように、2人は常に気を配ったのである。※53へ

(写真は、頂いたものだが、藍色が好きな私にぴったりだと思ったコーヒーカップ)
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2005年11月10日

お年玉付き年賀ハガキでゲットしたコーヒーカップ


20051110d083b02c.jpg※51 旅立ち
 慎ちゃんと私は、今では木曜日の週に1度の逢瀬が楽しみになっていた。
 バスの、後から2番目左側の席は、私たちの指定席のようなものだった。
 慎ちゃんは、砂山で私の手を握ってからは、だんだん大胆になっていて、平気で左手を私の腰に廻したりした。私は、一瞬身を硬直させて、手を押しのけたりするが、慎ちゃんをがっかりさせたくないので、たいてい、じっとしていた。私がじっとしていると、慎ちゃんは学生カバンを2人の膝の上にのせ、カバンの下で私の右手を握ってきた。慎ちゃんが、だんだんエスカレートするのがわかり、ハラハラしたが、そのうちに広田のバス停に到着しホッとするのだった。

 広田のバス停では、数人のお客が降りる。その内、1名の人と一緒に200メートルくらい国道を歩くとその人は左折して違う道に入る。途端に慎ちゃんは私にぴったり寄り添ってきて左手を握るのだ。そして、私を引き寄せ手を腰に廻す。
 時々、辺りがパアーと明るく照らし出される。トラックのライトだ。2人はパッと離れるが、その度に、ヒューヒューと口笛を吹かれたり、厭らしい言葉で冷やかされもする。
 私は一瞬現実に戻り、何をしているの?と自分をたしなめるが、またすぐ慎ちゃんが私の腰に手を廻してきても、やはり拒むことは出来なかった。

 そんなことが続いたある木曜日、私たちは初めてキスをした。
 停留所から、私の家に入る道までの間に1箇所、人目に知れないような農道が、路樹がある国道横の土手に沿って通っている。農道と田んぼの間には小川が流れている。その夜は冴え冴えと澄み渡った蒼い月の夜だった。2人の目の中に、まるで白いじゅうたんが敷き詰められているように、月光にクッキリと照らし出された農道が迫ってきたのである。
 昼間の土のデコボコ道は消え失せ、辺りはまるで2次元のように神秘的な世界だった。小川の水面が蒼く透きとおり、せせらぎが月光にキラキラ反射している。
 
 身体を寄せ合っていた2人は、本当に吸い込まれるように、その白いじゅうたんの道に入ってしまったのである。2人はカバンとバッグを下に置くのももどかしく、土手を背に強く抱き合った。そして唇を求め合った。お互いに初めてなのに、こんなに自然に抱き合えるのが、不思議だった。

「慎ちゃんの唇は柔らかいね」と言うと、「唇では百姓はせんけんね」と言って、私を両手で抱きかかえるようにしてまたキスをした。慎ちゃんの唇は、男の人とは思えないようにふんわりとして、まるで桜の花びらのようだった。
「真理ちゃんの髪はしなやかで、いい匂いがする」と、慎ちゃんはお返しのように言いながら、大きな手で私の髪を撫でたり梳いたりした。私は猫のように首をすくめていた。
 そして、何回も何回も深く熱いキスを繰り返しているうちに、私たちは何年も前から愛し合っていたようにお互いに求め合い、私は彼の腕の中で蜜のようにとろけていったのである。
 私はこの夜、きっと蒼い光線の魔法にかかったのだと思った。52へ

(写真は、お年玉付き年賀ハガキのクジで4等のふるさと便に当たり、もらったもの)
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2005年11月08日

喫茶店でお持ち帰りのコーヒーカップ


20051108aeb35c5a.jpg※50 藪椿
 木曜日の洋裁学校の日は、夜学から帰る慎ちゃんと、同じバスに乗ることが出来た。
 慎ちゃんは始発地点から乗ってくる。私は洋裁学校を終えて、近くの街中のバス停で乗った。
 花田さんも同じバス停で市内線のバスに乗って帰る。市内線は夜でも15分おきに運行しているが、私たちが乗る郊外線は40分おきだった。

 慎ちゃんは後から2番目の席に常に座っていた。本人は通路側に座り、窓際に学生カバンを置き、私の為に席を取っておいてくれるのだ。たいてい、お客さんが皆座れる状態だったので、気兼ねなく座ることが出来た。学生帽をやや深く被り、白い肌に、黒い学生服を身にまとった慎ちゃんは、私がバスに乗り込むと、上目使いの眼差しで「ここだよ」手招いてくれる。その時の彼は身震いするほど、かっこよかった。考えてみれば野良着姿ばかり見ていたので、学生服の慎ちゃんがとても新鮮に見えたのかもしれない。
 時には、バスが満員の時もある。
 そんな時は私の為に席を確保することは出来ない。でも、彼は窓際に座っているのに、わざわざ私に席を譲ってくれる。それは、立っている老人が周りにいたりすると、とても不自然なことだった。私は誰が見ても若かったし、窓際に座っている人がわざわざ譲ろうとするのだから、不思議がられ、目立ってしまうのである。
「いいよ。座ってて」と私がいくら言っても、慎ちゃんは頑として私を席に座らせた。
 私は恥かしくて、返ってイライラした。でも、それは慎ちゃんの、私に対する愛情の示し方だったのだろう。

 母は、私が洋裁を習うことは良いことだと、好意的だった。
 父は、若い女が夜遅く出歩くなんてとんでもないことだ、と批判的だった。
 「何時のバスだ、俺がバス停まで迎に行くから」
 「何時になるか分からん、電話する」
 慎ちゃんが一緒だから心配いらないよ、と最初から言うのはまずいと思った。
 偶然一緒になった、聞いたらいつもこの時間のバスというからちょうどいいでしょ、だから迎はいらない、と言おうと思った。父は元々夜に弱いので、きっと迎えを毎回することは困難だろう、返って慎ちゃんと一緒ならボディーガードになり安心だと思うのでは、と考えたからだ。
 父は「うーむ」と苦虫を噛んだような声を出しただけだった。

 日曜毎に、私が会社の若い人達のとのグループで、あちこち出かけることを知っている父と母は、私と慎ちゃんのことは、少しは気になるものの、恋人関係とは決して思ってなかったのである。51へ

(写真は、小樽の喫茶店で、お持ち帰りとしてもらったもの)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)
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2005年11月06日

鶏頭ではなく毛糸のような、ケイトウの花


2005110663392dfe.jpg※49 藪椿
 昭和40年4月、私は19歳の春を迎えた。
 職場での私は、何の問題もなく毎日楽しく仕事に励んでいた。
 上司にも、だんだん信頼されるようになり、課長には、「わしがきっといい男を見つけてやるから、変な男にひっかからないようにな」と冗談なども言われた。
 ただ、かっこいい超エリートの川辺さんには、大学時代から付き合っている彼女が、東京にいることを知った。夢のようにではあったが、彼が憧れの存在だったので、一時的に落ち込んだこともあった。
 その気になれば、誰とでも付き合えると高をくくっていたが、いいなと思う人にはたいてい彼女がいた。度々声をかけてくれる人もいるが、その人は私がどうしても好きになれないのだ。やはり、恋愛は、そうそううまくいかないというのも分かってきたのである。

 それでも、社内で独身会というのがあり、山登り、小旅行、ボーリング大会、飲み会等が、ちょくちょく行われ、グループ交際では、楽しいことばかりだった。
 そしてもう1つ、私の楽しみとして加わったことは、この4月から、同じビルの中にある証券会社に勤める第一高校の同級生の花田信子さんと一緒に、習い事を始めたことである。
 私たちは、福岡市内の小さな個人経営の洋裁学校へ入学した。毎週木曜の午後6時から8時までの授業だった。

 花田さんは、華のある美しい人である。
 高校時代は、田舎者の私にとって博多ッ子の彼女は遠い存在だったが、同じビルの中で同級生ということで急に親しくなったのである。おおらかでくったくのない彼女は男性の注目の的であった。当然、彼女には既に、彼女と同じ証券会社内にステキな恋人がいた。
 花田さんは「昨日彼と映画観に行ったのよ」とか、「この時計、彼からのプレゼントよ」とか、何でも話した。そんな彼女と時々ショッピングしたり喫茶店に行ったりすることが、私には刺激になり、またとても楽しかった。
 男性から尽くされるだけの女性と思っていたが、洋裁も料理も上手でこまめに彼の世話もする女性の鏡のような人だった。私は見習うことばかりだったのだ。
 
 花田さんにも、私の彼が慎ちゃんだなんて、とても言えないことだった。
 映画を観にいきたいと思っても、慎ちゃんと一緒に行くには、私が2人分のお金を払わなければならないのだ。やはり自分が惨めで、そのことを他人に知られたくないのである。
 それに、学生服姿の慎ちゃんと一緒にいるのを、知人に見られたら恥かしいと思ってしまうのは、本当に慎ちゃんを好きだといえるのだろうか。私はだんだん暗い気持になっていった。
 
 でもそんな時も、いざ慎ちゃんに会って、彼の潤んだ瞳に見つめられると、暗い気持がどこかへ飛んで、メロメロになってしまう私だった。※50へ

(花の植え替えでケイトウを捨てておられたのをもらってきたもの。まるでえんじ色の毛糸のようだ)
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2005年11月04日

小物バッグ


200511043c463ccd.jpg※48 藪椿
 長姉京子が、その年の夏にお見合いし、11月に結婚した。
 
 京子にはお見合いする前まで恋人がいた。
 私のことをとても可愛がっていた京子は、仕事が休みになると、時々私を呼び出して、博多の天神の商店街に繰り出し、食事をご馳走してくれた。いつの頃からか、男の人も一緒に来るようになった。その人が京子の恋人の山本さんだったのだ。京子は私を信頼していたので、両親より先に私に紹介したのである。私に彼の良し悪しも判断してもらいたかったのかもしれない。
「ねえ、真理子は山本さんのことどう思う?」と聞かれたことがある。

 京子と会う約束していたある日、京子は仕事で来られなくなり、山本さんだけが来たことがあった。彼は京子に頼まれていたのか、私をドライブに連れて行ってくれた。私はその時まだ高校生で、山本さんは30歳のおじさんだった。他人が見れば、変な組み合わせだったに違いない。喫茶店で、ぜんざいをごちそうになった。目鼻立ちのはっきりした優しい人だったが、どこか暗い感じがして、私はあまり好きになれなかった。が、姉が好きなら、結婚してもいいのではないかと思っていた。

「姉ちゃんが好きなら私、応援するよ」と言った。
 そして、今年のゴールデンウイークに京子は、両親には、女性のグループで旅行すると偽り、友人同士の2組のカップルで1泊のドライブ旅行に出かけたのである。

 旅行から帰ってしばらくして、京子は山本さんと別れた。
「何があったの?」と尋ねると、「離婚暦があったのよ。子供もいて分かれた奥さんが面倒みているんだって。そんなことは、仕方なかったのだけど、今まで1年間もそのことをおくびにも出さずに、結局騙されていたのよ」と、悲しそうに答えた。

 京子は山本さんと付き合う前にも、母方の叔父の紹介でお見合いをしたことがあった。
 農林省の食糧事務所に勤めていた国家公務員の相手の人を京子は、「仕事も安定しているし、いい人だから決めていい」と言った。でも、母は、家に招いて、玄関で一目会っただけで、京子よりも身長が低かったことと、顔が貧相だったことに落胆して、へなへなとその場に座り込んでしまった。その後、お茶も出せないほどだった。やむなく、京子は自ら台所に立ち、その人を1人でもてなしたのである。
 京子はその日、彼と街へ遊びに行く時に、私を誘った。ところが、私も母同様、どうしてもその気になれなかった。
 京子は、母と私の冷たい態度に、これでは仕方がないと思ったのか、結婚を断ったのである。

 京子は、今回も、親が勧める人なら間違いないだろうと、むしろ、進んで、見合い話を受けたのだった。私も、山本さんより、ましてや、1度目の見合い相手より、今回の戸田さんの方が、うんと感じが良いと思った。 
 戸田さんは、福岡県飯田市の旅館の2男で、自動車会社勤務のサラリーマンである。
 話はトントン拍子に決った。

 披露宴は戸田家が旅館だということもあり、戸田家で行われた。
 東京に住む次姉の妙子も、久しぶりに帰省し、私は二重の喜びだった。

 京子の結婚式で、私は初めて和服を身に付けた。それは、京子が成人式で着た訪問着を借りたものだった。ちょっと大人になった晴れがましい自分を、鏡を通して見た時、私はフッと、私もいつか結婚出来るのだろうかと思った。
 私を誰よりも理解してくれている京子にも、慎ちゃんのことは絶対言えない。この世に、もし誰も知り合いがいなくて、天涯孤独なら、迷わず慎ちゃんのお嫁さんになれるのに、と思った。
 なるだけ先のことは考えるまいと、思うしかなかった。

 大好きな姉の京子は、コスモスがゆらゆらと風にたなびく穏やかな秋の日に、家族全員に見送られて嫁いでいった。
 その年は、我が家は、私が就職し京子が結婚するという記念すべき年だったのである。※49へ

(写真は、呉服屋さんに京都みやげといって頂いた小さな和バッグ)
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