2005年09月23日

ピエロの陶器人形


2005092301724a1f.jpg※27 初恋
 「さあー、松田名のまりちゃんのこと?」
 私のことかもしれないと、思わないではなかった。でも、慎ちゃんには、妹との絆の方が大事なのでは、と一瞬思ったのも事実だった。
「違うよ、…真理ちゃんと巡り合ったこと」と言って、分かってるくせにと言うように、私の目を覗き込んだ。 私は目をそらして「うん」と神妙に頷いた。
「俺ね、ここに住むようになって、真理ちゃんを初めて見た時があったんだぁ。真理ちゃんがお父さんと一緒に畑に来とったとよ。…すごく可愛いと思うた。朗らかで、いつもニコニコしてたでしょ。俺の周りにそんな人おらんから、何か、いいなあと思うたと。何か、心が和んだとよ。おじさんも親切でいい人だったし…」

「えぇー、もう、いいよ、そんなお世辞」
 小さい頃から私は、明るくて活発な子供とか、気が利いて利口な子供と、よく言われていたので、その手の言葉はすんなり受け入れられた。でも、可愛い子供とは、言われたことがなかった。"可愛い"と言った彼の1言に動揺した。嬉しかったのだ。が、それ以上に照れくさかったのである。
「ううん、違うと。俺、真理ちゃんとは住む世界が違うと思うとったし。いいとこのお嬢さんに見えたし。…仲良くなろうとか、思いもせんだったから」
「あんなボロ屋の貧乏お嬢さん?」
「ウフフ、でもホントにそう感じたとよ」
 と言いながら、慎ちゃんは感慨深そうに遠くの方を見つめた。

 とっくに、6時は超えているはずなのに、夏の夕方はまだ太陽が残っていた。カラスが1羽、目の前を通り過ぎて、向こうの山へ飛んでいった。いつの間にか慎ちゃんと私の間にうずくまっていたタローが、カラスに向かって、ワンワンと2声吼えた。そして、また何事もなかったように、うずくまった。私は「よしよし」と頭を撫でながら、曲げてた足を伸ばした。そして、手を後で組んで背を伸ばした。
 慎ちゃんは、いつも汚れた作業ズボンをはいている。あぐらをかいて座っているが、両手で持った両足首が白く夕映えに浮き上がった。
 慎ちゃんは私に話すというより、自分に言い聞かせるように、しゃべり続けた。※28へ

(写真は、息子の友人に貰った小さなピエロの人形)
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2005年09月21日

ラベンダードール


200509216763cbdb.jpg※26 初恋
「俺がどんなにしてこの世に生を受けたか、真理ちゃんが知ったらきっと仰天するよ!逃げ出すかもしれん」と、深い悲しみの眼差しで、私に吐き出すように言った。
 私は不思議だった。この部落の人で、慎ちゃんの生い立ちを知らない人はいないだろう。慎ちゃんは、私が知らないとでも思ってるのだろうか。私は何と言っていいか分からなかった。2人の間にしばらく沈黙が流れた。

「真理ちゃん、あのぉ…俺ねぇ」
「慎ちゃん、私、大体分かってる。いいよ、言わなくても」
「ホントォ?知ってるとぉ?」と驚いたように、私の顔を覗き込んだ。私は頷いた。
 ほんとうは、彼が、自分の出生をどんな風に表現するのか、聞いてみたかったのに、いざとなって、思わず、言葉をさえぎっていた。慎ちゃんにそんなことを言わせるに忍びないと、とっさに脳が判断したのだろうか。
 慎ちゃんは私の言葉にほっとしたのか、話題を変えた。

「俺、ここに来る前、施設にいたでしょうぉ。クリスチャンの孤児院だったとよ。だから、ずっと自分のこと、孤児だと思っとった。何で生まれてきたとやろか、死んだ方がよかって、いつも思っとった」と、たんたんと話を始めた。私は、伸ばしていた足を曲げ、フレヤースカートを足首まで覆った。そして膝小僧を抱きながら、彼の話に耳を傾けた。

「ばあちゃんが俺を引き取りに来てくれた時、ホントに嬉しかったんだぁ。俺に血の繋がったばあちゃんがいたんだから」
「あっ、そうだよねー」
「そうでしょうぉ、それに自分を生んでくれたお母さんがこの世に存在していたなんて、ショックだった。その時はホントに生きててよかったーって思ったんだあ」
「…お母さんとは、会ってるんでしょう?」
 頭の中を、畑の隅でミツエさんと恍惚として話をしていた慎ちゃんの姿がよぎったのだ。

「うん、…めったに会えんけど、でもね、この世にお母さんって呼べる人がいることだけでよかとよ」
「そうでしょうねー、お母さんも慎ちゃんに会えて喜ばれたと思うよぉ」慎ちゃんは小さく頷いたが、一瞬、目を曇らせた。でも、すぐ、肩をすぼめて私を見てニッコリ笑った。そして、気を取り直すように
「真理ちゃん!もう1つ俺、生きてて良かったって思うことがあると。何だと思う?」※27へ

(写真は、息子の友人に貰った人形)
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2005年09月19日

キューピー人形(ピカピカの1年生)


20050919b905f21f.jpg※25 初恋
 夏休みに入るちょっと前で明日から私が修学旅行という日、私は砂山で慎ちゃんを待っていた。犬のタローがまず、私にすり寄ってきた。そのあと、慎ちゃんがスーっと私の側に座って、足を伸ばした。
「待った?」
「ううん、さっき」と、言いながら彼を見ると、いつもと違って高揚した様子で、とても明るい笑顔をしていた。
「何かあった?嬉しそう」
「うん、…俺、夜間高校に行くとよ」と、噛みしめるように言った。
「ばあちゃんが今年1年百姓をちゃんとすれば、来年から、夜間高校に行っていいって。俺、百姓しとっても、将来農業が継げるわけでもないし、それに、いつかはここを出て独り立ちせんといかんから。そのためには技術を身に付けたかとよ。それで俺、工業高校に行く。卒業したら働きながら大学にも進みたかと、工学部の2部に」と一気に言って、ほっとしたかのように私を見て、満足そうにニコッと笑った。

 私は、今までずっと聞きたくても聞けなかった彼の高校進学のことなので、ほんとうに良かったと思った。が、(ちょっと、待って。それ、大学は東京に行くということなの)と思い、一瞬(何だ、慎ちゃんの将来に真理子はいないんだ)と心の片隅にひっかかったのだ。
 でも、口では「よかったねー、それなら、これから受験勉強しなくちゃね」としか言えなかった。とりあえず高校からだからと思ったし、私の心の動揺は知られたくなかった。それに、先のことはあまり考えたくなかったのだ。
「うん、でも定時制だから、大丈夫だよ、そんなに難しくないと思うし、もちろん勉強はするよ」と、ほんとうに嬉しそうだった。

 報告が済むと慎ちゃんは、いつもの静かな表情に戻り、私に「あのさー」と話し掛けてきた。※26へ

(写真は、通販で買ったキューピー人形)
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2005年09月17日

ザボン娘(博多人形)


20050917df629f39.jpg※24 初恋
「じゃあ、私も何も用がなかったら散歩に出てくる、あの砂山がいいね、あそこで2人でタローを散歩させよう」と国道の向かい側の小高い山を指差した。
 慎ちゃんはその憂いを帯びた澄んだ瞳で、私の目じっとを見つめた。そして大きく頷いて「うん、分かった」と言い、さらに「…今からちょっと行ってみる」と覗う様に言った。私は「うん」と頷いて、慎ちゃんの目を見て、にっこり笑った。

 南北に通る国道を挟んで、東側に私たちが住む6軒の集落があり、その奥の方を斜めに流れている川は、その上流が国道の下を通って西の奥の山へと繋がっている。その6軒の集落と、さらに川を渡った所に15〜6軒の集落とが合わさって広田名という、1つの部落が成り立っていた。
 国道の西側は、小高い小さな山が、今私たちがいる目の前から、さらに西に向かって突き出ていた。その山の周りは段々畑になり田んぼ山と繋がっている。
砂山は、その山の西北に位置し、畑、田んぼ、川、山が一望出来る見晴らしのよい所であった。2km程国道を北に行くと、松田名という守山さん一家が住む部落があるが、そこからは人家は殆んど見えず、田んぼの向こうに人家らしき緑の林が見える程度だった。

 2人は国道を横切り、山道を登って行った。太陽が西の空に落ちようとしていたが、あたりはまだ十分明るかった。そこは山道といっても硬い岩だったところを人が作った坂道である。岩の坂道を5〜6メートル登ると、こんもりと椎の木やネムの木などの木々が茂った山道に入る。そこを通り抜けると目の前がパアーと明るくなり、奥に細長く続く草原があった。昔、海の底で地殻変動で地上に隆起して出来た山なのだろうか。不思議な事に側に海がないのに、岩と砂地が所々に散らばっていた。部落の人は、そこからここを砂山とよんだのだろう。
 
 今まで何回となく見慣れた景色なのに、慎ちゃんと一緒に見ると、その美しさに、初めて見たような感動を覚えた。確かに5月の山は黄金のようにキラキラ輝いていたし、草原の緑もつややかで柔らくなびいていた。こんなに目を見張ったのは、今のこの季節のせいかもしれない。しかも、茜雲にそまった西の空は絵のように美しかった。
「きれいだねー」
「うん、ほんとにきれいだねー」と2人は原っぱに足を投げ出し、じっと、景色を見つめていた。私はこの景色と今日のことを、一生忘れないだろうなと思った。
 タローは常にしっぽを振り、走り回っていた。私たちは2人だけの世界にどっぷりつかっていた。時間はあっという間に過ぎていった。
 みるみるうちに太陽は山に隠れて、あたりは薄暗くなっていく。

 私は急に不安になり、「そろそろ、帰ろう」と言って腰を上げた。恋に憧れていても、私はまだまだ子供だった。慎ちゃんが側にいても暗闇の山は、やはり恐かったのだ。
 とたんに私の頭の中に、食卓の前に座っている、苦虫をかみつぶしたような父の顔が、くっきりと、浮かんできた。
「じゃあね、慎ちゃん、バイバイ」と言って、私は後も振り向かず、山を一目散に駆け下りた。※25へ

(写真は、息子の友人が私にプレゼントにと、温泉宿で買ってくれたもの)
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2005年09月15日

チャイナ人形


20050915c8507451.jpg※23 初恋
 部屋の中から、田畑にいる慎ちゃんの姿を見つけると、手を振ったり、それがどんなに遠い距離であっても、お互いの存在を確認すると、2人は長い間、じっと見つめ合っていた。自分でもその状態が恥かしく、落ち着かない時間だったが、胸が熱くなり、潤った気持になったのである。
 
 そんなある日の夕方、窓の外を見ていると、慎ちゃんが犬を連れて国道をこちらへ向かって歩いていた。
 私は、急に鼓動が激しくなった胸に手を当て、深呼吸をして、部屋を飛び出した。そしてこっそり裏口から外へ出ようとした。その時「もうご飯よ、今頃何処に行くの」と咎めるような母の声に一瞬戸惑った。フッと後ろめたさを感じたが、会いたい気持を抑えることは出来なかった。「ちょっと散歩」と言い捨てて、駆け出していた。
 
 当時は、国道といっても、子供が道路の真ん中に出て遊べるほど、車の往来は少なかった。行き交う車を見るのも遊びのうちだったので、母は、私が散歩と称して国道へ出て行くことには、あまり疑問を持たなかったのかもしれない。慎ちゃんと会うためなどとは、思っていなかっただろうから。
 
 慎ちゃんは、私が家から出て来るのが分かってたかのように、私の家の前の道と国道が交わる角で待っていた。私の顔を見るとほっとしたかのように、にっこり笑った。そして私から目を離すと、犬の背中を撫でながら
「真理ちゃん、今日からタローの散歩、俺の役目になったから」と、おもむろに言った。
 
「エッ、秀夫さんは?」と言うと、再び私を見て
「犬より、子供のめんどうをみてって松子さんに言われたんだ、ウフフ」と、可笑しそうに笑った。
「そうか」と、私も慎ちゃんの横にかがみこんで、タローの背中を撫でた。
「…で、今の時間だったら、気兼ねなく真理ちゃんに会えるよ」とちょっと緊張した声で、照れくさそうに言った。彼の胸の高鳴りが聞えるようだった。見かけはずいぶん大人になった慎ちゃんだが、憂いを湛えた瞳と、半分泣いたような半分笑ったような口元は小学生の時のままだった。

 私も「そう、よかった」と平静を装って答えたが、歯がガタガタふるえるのを止めることが出来なかった。
 あの、小ちゃくて、いつもおどおどしていた慎ちゃんと、こんな会話をしているのが、まるで夢のようだった。※24へ

(写真は、17〜18年前、中国旅行のお土産にと、友人からもらった人形)
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2005年09月13日

琉球人形


20050913b34b6f78.jpg22 初恋
 慎ちゃんは、中学校を卒業したが、高校に進学する風でもなく、毎日農作業に励んでいた。
 その頃から彼の身長はグングン伸び始め、今では私が見上げるほどになっている。170cmは優に超えているだろう。顔つきも、丸い頬が少しこけてすっかり男らしくなり、丸坊主だった頭も5部刈りに程よく伸びてよく似合っている。農作業で鍛えた肉体も、がっちりした逞しい姿に成長していた。

 秀夫さん松子さん夫婦には、男の赤ちゃんが出来て、ますます、畑は賑やかになっており、松子さんのお腹には2人目もいて、既にお腹は大分せりだしていた。

 慎ちゃんと私はその頃、国道端や畑道で顔を合わせることがあると、よく立ち話をするようになっていた。
「秀夫さんが自動車免許を取りに行っとるとよ。でももう3回も試験に落ちとっと、あははは…」と、さも秀夫さんが、だらしないというように、可笑しそうに笑って教えてくれたり、「俺んとこで作ったかぼちゃ、すごく美味いよ、真理ちゃんとこへも今度あげるから」とか、何年か前までは考えられないような、三崎家に溶け込んだ話題も出てくる。

 他愛のないことばかりだったが、2人でいるだけで、胸の鼓動が高鳴った。慎ちゃんも同じ気持だということも分かっていた。話すことがなくなり言葉に詰まっても、お互い立ち去りがたく、時間だけが過ぎ去っていった。
 そして私は、この胸のときめきは、きっともう恋なのだと思ったのである。※23へ

(写真は、沖縄旅行の際、土産品店で買った人形)
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2005年09月11日

スパニッシュ人形


20050911ee159bac.jpg※21 初恋
 私が初恋を認識したのは、正に同情から愛情に変わっていく高校生時代だったといえる。

 私は県立福岡第一高校2年生になった。次姉妙子は高校を卒業して、東京の食品会社に就職した。東京には母方の叔母の嫁ぎ先があったので、そこに下宿させることで、両親は安心して送り出すことが出来た。長姉は既に博多で独立していたので、私は2階の子供部屋を1人で占領することになった。

 妙子と私は、一緒に勉強し、一緒に寝ていた。お互いに刺激しあって、たまには取っ組み合いの喧嘩をした。私は日頃から早く1人部屋の生活がしたいと願っていた。であるから、さぞかしせいせいするだろうと思っていたのに、妙子がいなくなってからの1週間は、夜になると、妙子の旅立つ時の心細そうな後姿を思い出し、布団の中で泣いた。拭っても拭っても涙が止まらなかった。声を出してワアーワアー泣いた夜もある。自分でも予期せぬ感情だったが、考えてみれば、妙子とはそれ以来一緒に暮らすことはなかったのである。

 薄情なもので、寂しさも日にちが解決してくれた。そうなると、1人部屋は快適そのものだった。机も1つになり、6畳間が広く感じる。掃除もこまめにするようになった。たいてい、日曜日は窓を全部開け広げ、大きな声で歌を歌いながら掃除をした。
 窓の外の畑にいる慎ちゃんにも、もちろん秀夫さん、お嫁さんの松子さんにも歌声は届いているはずだった。
 最初は恥かしく思い、小声で歌っていたが、そのうちにずうずうしくなり、むしろ、慎ちゃんに聞いてもらいたくて歌っていたのかもしれない。意識していたのは間違いなかったから。憧れだった女優の吉永小百合の”寒い朝”をよく歌った。※22へ

(写真は、人形好きの私に、夫がスペイン旅行のお土産に買ってきてくれたもの。だいぶん色あせてきた)
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2005年09月09日

アンティークな調度品と花瓶


20050909edcf4a69.jpg※20 出会い
 春になると、私たちは夫々進級した。
 そして、秀夫さんにもやっと春が巡ってくる。お嫁さんがやってきたのだ。三崎さんちはそれまで、なぜか暗いイメージだったが、その頃から徐々に明るくなっていった。畑にも話し声が聞えるようになり、華やかさと活気が出てきた。

 私が、いつものように窓から慎ちゃんを探していると、お嫁さんの方が、いち早く私に気付くのだ。私にとっては、秀夫さんだけでも気兼ねだったのに、手ごわい相手が増えたのだ。慎ちゃんの姿を目で追っている私の心を、見透かされているような気がした。
 女性は女性の気持が敏感に分かるものだと、私は子供心に思ったのである。

 中学3年生の私は、高校受験勉強という大事な時期でもあった。県下有数と言われる県立福岡第一高校を受験すると決めていた私にとって、慎ちゃんのことを考える場合ではなかった。
 とはいえ、机に座っていてもすぐ窓の外を見てしまう私だった。
 そのころ、頻繁に、隣の部落に住む、守山ミツエさんの一人娘のまり子ちゃんが、おばあさんの所へ1人で遊びにきていた。慎ちゃんとは父親違いのきょうだいだ。
 まり子ちゃんは、慎ちゃんとは2つ違い、私とは3つ違いの下級生で、小学校時代からの顔見知りである。年齢の離れた3人のお兄ちゃんの中で、家族皆に可愛がられていた。とてもおしゃまで、色白でポチャッとした、子供なのに妙に色っぽい、可愛らしい子供だった。

 慎ちゃんもまり子ちゃんも、お互いの関係を知っているのか、興味のある所であるが、とにかく、2人はとても仲がよかった。
 2人が楽しそうに話しているのを見ると、私の心の中は穏やかでいられなかった。一方では、彼らはきょうだいだから、特に慎ちゃんにとっては、とても幸せなことなんだと、よく分かっていたのに。※21へ

(写真は、旅館のロビーのコーナーに飾ってあった、調度品と、花瓶)
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2005年09月07日

通販雑誌で買った大きな人形


20050907bd557a8c.jpg※19 出会い
 3学期の初め、雪が散らつく寒い日だった。休み時間になっても外で遊ぶ生徒はいない。それなのに、外が騒がしいので窓越しに覗いてみると、慎ちゃんが相変わらずからかわれている。
 彼の足元を見て驚いた。
 靴下も上履きも履かず、裸足でコンクリートの廊下をペタペタ走り回っている。その足はあかぎれがしていた。痛々しくまともに見られない。
「靴下はともかく、上履きもないの?」と、かわいそうにと思うより腹立たしかった。
「おばあさんに言って買ってもらいなよ、おばあさんはお金はたくさんあるんだから、上履きがいるなんて、今の学校の事情を知らないだけなんだよ。それに、靴箱の隅には持ち主のない上履きが1足や2足あるでしょう、それ履いても誰も何も言わないよ、履きなよ」と、ほんとにじれったかった。

 上履きは学校指定の運動靴で、男女兼用だった。そんなことがあったので、私の古い上履きをあげようと思いつくが、なかなか渡すチャンスがない。教室の前で2〜3回待ち伏せするが、そんな時に限って彼はチラッとも外に出てこないのだ。そのうちにバカバカしくなった。そして、どうせ、彼は遠慮して受け取らないだろうと、なぜか確信するものがあり、止めてしまった。
 そして、なるだけ、彼のことは気にするまいと決めたのだった。※20へ

(写真は、通信販売雑誌で安い値段で買ったもの。目がちょっと恐いかも)
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2005年09月05日

博多人形(日本人形)


200509055ebc2aef.jpg※18 出会い
 慎ちゃんは1年7組、私は2年1組で、期せずして教室が隣り合わせになった。鉄筋コンクリート3階建ての1階である。教室の片側は南で、ずっと続いているコンクリートの外廊下は、花壇を挟んで運動場に面している。

 私たちのクラスの女子生徒は、休み時間になると、陽当たりのよい窓際に集まって、だべるのが常だった。
 ある日、1年生の男子が、運動場へ出たり、廊下を走り回ったりして、じゃれ合っていた。いつもの事だと、何気なく見過ごしていると、何だか様子がだんだん荒々しくなっていった。皆で1人をいじめている感じなのた。
 もしかすると、と思い注意してよく見ると、やはり、いじめられているのは、慎ちゃんだった。
「返せよ。僕の筆箱、返せよ」
「取れたら返すよ。ほーら、良かとを持っとるやっか」
 真新しいブリキの筆箱を、5〜6人の子がキャッチボールのように投げあっている。慎ちゃんが、取り返そうと必死で追いかけ回しているのだ。

 私とおしゃべりしていた友人も、その様子に気付き、「ほら、見てみなよ、あの子、あいの子だよ、やっぱ、いじめられるんだよね、かわいい顔してるのにね」と面白がっている。
 そんな中で私は止めに入る勇気もなく、一刻も早く休み時間が終わればいいと、願うしかなかった。

 それからしばらくの期間、慎ちゃんは休み時間になると、よくいじめの標的にされていた。それでも、休み時間になると、彼は、半分泣いたような、半分笑ったような顔でいじめられ続けていた。私はその様子を見るにつけ、次第にイライラがつのり、外を見るのを極力避けるようになっていった。

 たまには、廊下ですれ違うこともあったが、私が話しかけようとすると、きまって慎ちゃんは、バツが悪そうに身をかわした。
 学校での私の存在や成績が、自分とはかけ離れているのを知って、彼が私のことを改めて遠くに感じ、萎縮していったのは仕方のないことだった。
 私もそんな彼をこれ以上卑屈にさせてはいけないと、学校ではなるだけ無関心を装おうと、自分に言い聞かせていた。※19へ

(写真は、旅館のロビーに飾ってあった日本人形)
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2005年09月02日

オランダ漫才の人形


2005090280170362.jpg※17 出会い
「慎ちゃんは良い子だ、よく働くし、素直だ」と父は事ある毎に褒めた。私はその事がとても嬉しかった。母は「でもねえー、ロシア人とのあいの子だからね、何を考えているか分からないよ」と冷ややかである。母の中では、満州でのソ連軍の悪行が消えることはなく、未だにロシア人アレルギーの後遺症が残っているのだ。

 中学校に入ってから私の成績は、思いの外良い物だった。小学校では、成績の順位付けがないので、自分がどれくらいの位置にいるかなど、誰も興味をもたなかった。ところが、テストの結果で、はっきり数字に出てくるのは、私にとって、1つのカルチャーショックだった。
 合併後初めての、1学期の中間テストは、学年トップになった。私は驚きと同時に「えっ、こんなものなの」と思った。が、すぐ、そんな甘いものではない事を思い知らされる。ちょっと勉強を怠ると、すぐガタンと順位は落ちた。それでも、1年生の間は何とか5番内をキープ出来ていた。

 あわただしく、1年は過ぎていった。
 次姉は県立商業高校へ進学、私は中学2年生へ進級、長姉は博多の洋品店へ就職、それと共に会社の寮へ入って独立する。
 長姉も次姉も、慎ちゃんには殆んど興味も示さず、話題にもならないのが、私にはとても不思議だった。
 時々私が「慎ちゃんはえらいんだよ」と話をふっても「ふーん、そうなの」と、にべもない返事なのだ。
 年齢の近い私だけは、いつも慎ちゃんを心の中で応援していた。

 慎ちゃんはその年、中学に進学してきた。通学はバスではなく自転車である。身長も少しは大きくなっていたが、他の生徒に比べれば格段に小さくて、当然クラスで1番のチビだった。※18へ

(写真は、かわいい顔の人形が好きな私にといって義妹がくれた、オランダ漫才の人形)
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2005年08月31日

空き瓶が胴体の人形


20050831161d04f4.jpg※16 出会い
 私は中学生になった。その年、筑紫村は東筑紫野町に合併され、中学も同時に東筑紫野中学校に合併された。当中学校は、約、1年生250人2年生300人3年生350人という比較的規模の大きな学校だった。
 次姉の妙子は同じ中学校の3年生、長姉京子は博多の女子高の3年生だった。次姉と私は距離が遠くなった中学校までバスで通学し、帰りは夕方5時近くになるという生活になった。

 小学校とは違い、中間、期末と試験が行われる。しかも順位が校内に発表されるとなれば、今まで、学年の人数が60人余りという小さな小学校で、のんびり育った私も、少しは勉強しなければと、思い始めた時期でもあった。
 また、中学生活がだんだん楽しくなり、行動範囲も広くなると、慎ちゃんのことをあまり気にかけていられなくなっていた。
 かといって、すっかり、興味が無くなった訳ではない。

 慎ちゃんのことは、郵便局から帰ってくると、必ず、畑に行くのが常だった父の方が、今では詳しくなっていた。父の畑は、三崎さんちの前の方に150坪程のものが1枚と、その他に本家から相続した50坪程の畑が、国道を渡って小高い丘の上にあった。その2ヶ所の畑の周りが全て、三崎さんちの畑に隣接していた。

 父と慎ちゃんは、殆んど毎日畑で顔を合わせる、農作業仲間だったのである。私は、父が、その日の慎ちゃんとの話題や、彼の様子を話してくれるのを、楽しみにしていた。※17へ

(写真は、老人会手芸品展示即売会で購入した人形)
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2005年08月29日

若月まり子さんのビスクドール


200508290902a1ca.jpg※15 出会い
 私は茫然として、しばらく道路端に立ちすくんだ。
 道路の向こう側は三崎さんちの畑で、その横は小高い丘に登る坂道になっている。彼がその道を登って行ったのなら、道路から見える範囲だった。

 畑に入ったことは間違いないことだった。でも姿が見えない。隅々まで探そうと、道路を横切り畑の側まで行き、おそるおそる中を覗うと、やはり人の気配がする。
「慎ちゃんだ」とホッとした瞬間、ヒソヒソと話し声が聞えてきた。不思議に思い、さらに、死角になっている、ちょっと奥まった所まで近付いて行った。
 するとそこに、土手を背に、頭を寄せ合ってしんみりと話し込んでいる、ミツエさんと慎ちゃんの姿があったのである。
 私は、あわてて身を退いた。でも、2人は気付くはずはなかった。それほど話に夢中だったのだ。そこには、まるで、誰も入り込ませないぞ、というオーラのようなものが放たれていた。
 ミツエさんは慎ちゃんの肩に手をかけ、顔を覗き込んで、肝胆を砕くように話している。慎ちゃんは「うんうん」と頷いている。その姿は恍惚としていた。その幸せそうな、半分泣いて半分笑った顔が、私の脳裏に焼きついた。
「慎ちゃんはお母さんの存在を知っているのだ」と思うと、日頃の彼の様子がよけい意地らしく感じられる。
 彼と話すことが出来ないのが、ちょっと寂しかったが、私は静かにその場を立ち去った。

 部屋に戻った私は、以前、父と母が話していたことを、改めて思い出していた。

「ミツエさんも辛いでしょうね、あんな小さい子を遊びもさせずに、働かせているのを見るのは、…だって他の子は手許で何の苦労もなく暮らしてるんだもの」
「守山さん、知っとられるんだろうか、知っとられたらイヤじゃないか、近くにあんな子がウロウロしているだけでも、…たまったもんじゃないよ」
「だから、ミツエさんも仕方ないと思うておられるんでしょう、まさか、引き取る訳いかんでしょうから」

 私は、ミツエさんは、間違いなく慎ちゃんを自分の子としてかわいいのだ、と確信し、子供ながらにとても気の毒だと思ったのである。※16へ

(写真は、退職時に友人2人から戴いた人形。かわいい顔が大好きである)
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2005年08月27日

30年前のぶら下がり人形


200508273cb0b463.jpg※14 出会い
 私の家の前は、国道に直角につながる、車1台やっと通る広さの道路が通っている。国道は南北に伸びており、その国道の東側の小さな集落が私が住んでいる部落である。北へ上ると博多へは、バスなら1時間で行ける。私の家から国道を南へ100m程行くと、三崎さんちの私道が直角に通っており、その道の突き当たりが、全て三崎さんちの屋敷である。私の家からは、三崎さんちの畑を挟んで、真向かいに、その屋敷が見えるのである。

 私はその日、ぼんやりと、外を眺めていた。秋も深まり農家は忙しい時である。6年生にもなると、学校が終わっても誰も外で遊ぶ子供はいない。
 小学校に入るまでは、2軒奥にある家の子で、1つ年下のタヨ子ちゃんと朝から晩まで遊んでいた。その後も下級生の頃までは、何をするにも一緒だった。それが、4年生、5年生になる頃から、お互い夫々学校の友達と遊ぶようになっていき、自然に疎遠になった。今では、近所なのにめったに会うこともない。
 この夏休みに、毎朝ラジオ体操で会えたことや、海水浴に行ったりしたことを、遠い昔のことのように、懐かしく思い出していた。何か、今がほんとうにつまらなく思え、口を尖らせて、窓の敷居に頬杖をして、暇を持て余していた。その時、私の目の中に、慎ちゃんが飛び込んできたのである。

 三崎さんちの屋敷から出てきた慎ちゃんが、足早に国道をこちら側に向かって歩いているのだ。しかも、秀夫さんは居ない。とっさに、私は「行って何か話をしよう」と思った。
 部屋を出て階段を駆け下った。編物をしていた母が「真理子!どうしたの、何処か行くとね」と声をかけた。「うん、タヨちゃんと、ちょっと、すぐ帰るけん」と言い捨てると、台所の裏口から靴をつっかけて、国道へと走った。
 その間、2〜3分もたっていなかったのに、慎ちゃんの姿は既に何処にもなかった。※15へ

(写真は、30年程前おもちゃ屋にぶら下がっていた2〜3千円のぶら下がり人形。捨てがたく未だに大事にしているもの)
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2005年08月25日

服を着替えさせた人形作家の創作人形


200508250858f2b4.jpg※13 出会い
 それからどんどん仲良くなれると思っていたのに、そんな機会はなかなか巡ってこなかった。相変わらず、あちこちで農作業をしている姿を遠くで見ているだけだったのである。

 とうとう、私にとって小学校最後の夏休みに入った。
6年生は私1人だったので、必然的に、部落の子供会のリーダーをしなければならない。夏休みに入るとすぐ、私の家で、夏休みの行事を決めるため子供会を開いた。
 
 小さい部落なので、夜にもかかわらず簡単に集まった。6年生は私1人、5年生が慎ちゃんを含め男子4女子1、4年生男子2女子1、3年生男子2、2年生男子1女子1、1年生男子1と合計14人である。
 夜、子供だけの集まりというので、気分が盛り上がっているのだろう。皆楽しそうである。慎ちゃんは、下級生とワイワイとあまったりふざけたりしている。5年生の男子は、あまりにも子供っぽい慎ちゃんを、誰も相手にしていない。

 昼間、大人と一緒に一生懸命働いているのが不思議なくらい、あどけない笑顔だ。私は、慎ちゃんが普通の子供に戻れるこんな機会が、私の家で持てたことが嬉しかった。

 母が、幾つかの器に盛り分けた駄菓子を出してくれた。
 いっせいに下級生の手が伸びる。
 その時だった。慎ちゃんが、反射的というようなタイミングで「ダメッ!誰もまだ食べていいとは言ってないだろが」とピシッと下級生の1人の手を叩いたのである。
 私はびっくりした。そして、彼は、養護施設や昭夫さんの家や、もしかしたらおばあさんの家でも、許可がないと食べてはいけないと、言われて育ったのだ、と思った。

「慎ちゃん、いいのよ、皆も食べていいよ」と私がなだめるように言うと、下級生は「ほらね」と言うように食べ始めた。
 慎ちゃんも安心したのか「いただきます」とニコニコしながら食べ始めた。
 行儀作法をきちんとしつけられているのが、普通の子と違い、逆に子供らしくないと感じられた出来事だった。

 その会合で決ったラジオ体操に、慎ちゃんは1度も出席することはなかった。朝は牛の世話が忙しく、体操どころじゃないことを、朝の散歩の途中、三崎さんの前を通る父が教えてくれた。
 
 海水浴も山登りも、慎ちゃんは参加しなかった。夏でも農作業は忙しく、田の草を取る慎ちゃんの大きな麦藁帽子や、川に入って牛を洗っている小さな慎ちゃんの姿を、私は遠くから見ていた。※14へ

(写真は、購入していた時着せてあった白い服が色あせたため、私の若い頃の服を解いて作って着せ替えた、創作人形)
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2005年08月23日

フランス人形


20050823bb004b0c.jpg※12 出会い
 慎ちゃんは私が話しかけるのを待ってるかのように、鍬を置いて突っ立っている。
 はにかんだような目は、まつ毛が長く憂いをたたえていた。アランドロンの目のようだと思った。口角をちょっとあげて笑っているようにも見えるが、半分泣いたような、寂しげな顔だった。頭は小学生が全部そうしているように丸坊主だが、剃りたてのせいもあって、やけに青白く、決して似合うとはいえない。

「こんにちは」なるべく自然を装って声をかけた。
「こんにちは」と予想以上に子供っぽいかわいい声だった。私を見るとニコッと笑い、ペコンと頭を下げた。
「よく働くね、きつくないね」と言う自分がうんとお姉さんのような気分だった。彼は、私とたった1つしか違わないと、とても思えないほど、小さくて痛々しかったのである。
「ううん、ぜんぜんきつくないよ」と、頭を横に振った。

「でも、百姓ってしたことあるの?」と聞くと、「ううん、今までは子守りが仕事だったから」と遠くを見つめて、唇を噛みしめた。

「…へえー、どこの子守りを?」
「博多…、今まで住んでいた所の子供」
「そう、子守りってそんなに大変だった?」
「…子供って言うこときかないでしょ?それに…」と、口ごもるので、それ以上聞いたらいけないような気がした私は、
「そう、百姓の方が楽ねえー、なら、よかったね」とそれとなく話しをそらした。

「うん、百姓するっていうのが条件でこっちに来たから、…でも、ほんとに、ちっともきついことはないよ」と明るく答えた。私も、ほんとうに慎ちゃんは、今の方が幸せなのかもしれない、とその時、フッと思った。

 私と慎ちゃんは「そう」「うん」と笑いながら頷き合っていた。しばらくの間だったが、何か悪いことをしているようできまり悪くなった私たちは、
「じゃあまたね、慎ちゃん、バイバイ」
「うん、バイバイ」
 慎ちゃんは、気になるのか、秀夫さんの方をいちべつして、また、鍬を振り上げてせっせと土を耕し始めた。

 慎ちゃんとやっと話すことが出来、私は1つの安堵感があった。そして、これから、どんどん仲良くなれるようで、妙にウキウキしたのである。※13へ

(写真は、退職する時、仲間に何が欲しいかと聞かれて、所望したフランス人形)
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2005年08月21日

童人形


2005082159d05ad3.jpg※11 出会い
 母から、慎ちゃんがソ連人とのあいの子だという経緯を聞いた時、私の心の中に、慈悲のようなある不思議な気持が湧き上がってきて、慎ちゃんに何か手を差しのべたいと、心から思ったのである。

「ただいまー、お腹すいたよー、母さん、何かなかね」と姉2人が次々に帰ってきた。
 母は我に返ったように、やれやれという感じで
「お帰り、お饅頭があるよ、手、洗って食べなさい。真理子もほら、一緒に食べなさい」と言いながら、饅頭を差し出した。そして、「さっさと食べて、宿題しなさいよ」と言いながら、流し台に立ち、洗い物の続きを始めた。

 私は映画館から出てきたような、ぼーっとした感じだった。それでもしっかり饅頭を頬張りながら、2階に上がった。

 再び、子供部屋から外を見ると、慎ちゃんは畑のずっと向こう側の隅っこで、相変わらず、大きな鍬を振り上げている。
 私は、そのうちに慎ちゃんといろいろ話せる時が来るだろう、と思った。

 それからというものは、学校から帰ると、必ず子供部屋から外を見るのが、日課になった。
 たいてい、畑や田んぼの何処かに慎ちゃんの小さな姿を見つけることが出来る。慎ちゃんは何時も秀夫さんと一緒だった。道を歩いているのを見かけることもあったが、その時も、小さな慎ちゃんは、秀雄さんの後をちょこちょこ付いて歩いていた。

 ある日、とうとうその日はやってきた。
 私の家の道路側に面している三崎さんちの畑は、私の家の子供部屋とほぼ同じ高さだった。窓の向こうに直ぐ慎ちゃんがいたのだ。幸いなことに、秀夫さんは遠くの方で後向きで仕事をしていた。
 にわかに私の胸の鼓動が高鳴る。窓を開ける手がブルブル震えた。※12へ

(写真は、男子の童人形、愛子様に似ているようで可愛らしい)
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2005年08月19日

紙粘土人形


20050819a3f5d1fe.jpg※10 出会い
 ミツエさんは、傷つきながらも子供を3人連れて、何とかおばあさんの所へ引き揚げてきたこと。
 そこで世間に隠れて慎ちゃんを出産したこと。
 慎ちゃんは生まれるとすぐ、おばあさんによって、博多にあるカトリック系の養護施設に、孤児として預けられたこと。
 その後、守山さんがシベリアから復員してきたこと。そしてミツエさんは守山さんとの間に、4人目の女の子(まり子ちゃん)を授かったこと。その名前は偶然私の名前と一緒だった。
 ラジオの尋ね人の時間で、何度も慎ちゃんの親戚の消息を探していたこと。
 おばあさんは悩んだ末、博多に住んでいる二男の昭夫さんに慎ちゃんを引き取らせたこと。少しでも遠くに住まわせた方が、波風がたたないと考えたからだ。
 ところが、昭夫さんが、自分の家族で手一杯になり、慎ちゃんをおばあさんに返すことになったこと。
 そんなことで、おばあさんは、思い切って、この春から慎ちゃんを引き取って育てることになったこと。

 以上のことが、その後、父と母の会話や近所の人の噂話で、私が知り得たことがらであった。※11へ

(写真は、趣味の作品展示即売会で購入した紙粘土の人形)
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2005年08月17日

木目込み人形―ひな菊


20050817e9b9a064.jpg※9 出会い
「強姦されたとよ」
「…強姦て?」
 ほんとうはその言葉の意味を、私は何となくではあったが理解出来た。
 母は私の質問を無視した。
「…地獄だよねー、ウチには父さんが居たからよかったけど」
「父さん、ロスケを追い払うたとね」
「ううん、父さんも恐かったとやろうねー、なにしろ、ロスケは銃を持ってたから。父さんは震えながら、母さんの指輪から時計から全部渡したとよ」
「その時、母さんはどうしとったと?」
「あんたたち子供3人と一緒に屋根裏に隠れとったとよ。その頃、どこの家にも、屋根裏や床下に隠れる所を作ってあったからね」
「ふうーん」
「母さんなら指輪の1つや2つ、下着に隠してでも、ロスケなんかに渡さなかったけど、父さんが、母さんに1つ残らず出せって言うもんだから、全部出してしまったとよ、今考えればほんとに惜しかったよ」
「ふうーん」
「現に、お隣に住んでいた田之上さんのご主人なんか、奥さんの指輪をいくつも内地まで持ち帰ったそうよ。…父さんは正直だったんだね」
「それで無事だったとなら、いいんじゃなかと」
「バカがつくとよ、日本は負けたんだからってばかり言ってさ」
「父さんらしかね」

「…かわいそうに、ミツエさんは、ロスケに家に入り込まれて強姦されたんだよ。それで子供が出来るなんてねー。二重の苦しみだよねえ」
「…じゃあ慎ちゃん、…ソ連人とのあいの子か」
「まあそういうことよ、あの子小さいけど5年生、きっと栄養失調だったんだねえ、かわいそうに」
「慎ちゃん、2〜3年生にしか見えんもんね」※10へ

(写真は、先輩同僚に作ってもらった木目込み人形。古くなって色あせしてしまったが大事に飾っている)
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2005年08月15日

丸髷姿の木目込み人形


200508155bdbb21c.jpg ※8 出会い
「終戦になっても、守山さんは戦地から帰ってこんで、そのままシベリアに抑留されたんだねえー」
「ウチの父さんは家におったとやね」
「そう、それであんた達を連れて帰ってこれたとよ」
 これまでに、ことある毎に引き揚げの大変だったことを、聞かされていた私は(また、聞かされるな)と覚悟した。

「あんたはまだ首が座ったばかりの赤ちゃんだったけん、母さんがリュックと一緒におんぶして、京子と妙子は父さんが手をひいていたとよ。背中には大きなリュックをからってね。列車に乗るまでは、集団で徒歩だったとけど、休憩する度に、5歳だった京子は『ここが内地なの?』『あといくつ寝れば内地につくの?』って、そればかり聞くとよ。やっと貨物列車に乗れる時、父さんは京子を窓から押し込んだとよ。まごまごしとったら、乗れんからね。それで、コロ島から、日の丸のついた引き揚げ船に乗った時は、(ああ、これで日本に帰れるんだ)って、ホッとしたと。でも、母さんは疲れ果てて、声がしばらく出なかった。
 船の中でも大変だったとよ。なにしろギュウギュウ詰めだから、寝るスペースも、あんたのオムツを替える場所もなかとよ。よそのご主人は奥さんのために要領よく寝るスペースを確保する人もいたけどね。父さんはからっきしダメだった。あんたが大便すると、臭いよね、それで周りに気兼ねして、あんたのお尻をつねるんだよ。大便を看板から海に捨てるのも父さんの仕事だったからね。洗面器はオムツ洗いも顔洗いも一緒だったとよ」

 実のところ何度も聞いた話だった。それより私は、慎ちゃんのことを早く知りたかった。

「ソ連が終戦直前に参戦してきたとよ。終戦になったとたん、ロスケ(ソ連兵を母はこう呼んだ)の奴らがトラックでやってきて、家の中へ土足で入り込んできたと」
 母の顔が急に険しくなって、ののしるような言葉使いになったので、私はちょっとびっくりした。
「そして?」
「金品を巻き上げるとよ。『もっと、もっと』って、片言の日本語で迫ってくるとよ。生きた心地じゃなかった」
「ふーん」
「守山さんちは女子供だけだから、ひどいことになったんだねー」
「ひどいことって?」※9へ

(写真は、まだ私がお勤めしていた頃、趣味で作っておられた先輩の同僚に作ってもらった人形)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)
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