2006年02月22日

春にふさわしい躍動する彫刻


躍動する彫刻と花.jpg※13
 啓介は、ネット前でのポジションの取り方、構え方、足の向き、ラケットの持ち方等、手取り足取り教えてくれる。ひざまずいて靴の向きを手で直してくれた時はさすがに、晴美は思わずのけぞってしまった。それ程の熱意に自分が応えられないのを、心苦しく思ったのである。
 晴美の気持ちを察した啓介は、
「最初からちゃんとしたフォームを覚えないと、後で直そうと思ってもなかなか直らないから、ちゃんとやるんだよ」と、めげずに指導する。
 晴美が啓介を ーホントに優しい人なんだなあー と心から感じた瞬間だった。
 しかし、指導を受けるのは、苦痛以外何ものでもなかった。もう限界だ、と思い始めた時、お昼のサイレンがなった。晴美は、フウーよかった助かったぁ、 と思った。
 「今日はこれくらいでいいよ。ウチで練習出来るんだよ。天上から紐を下げて、新聞紙を丸めて作ったボールを括り付けるんだ、それをボールにしてラケットに当てる練習、…これをちゃんとしたフォームでやるといいから」と、啓介は晴美に身振り手振りで説明した。新聞紙とセロテープで出来るボールの作り方もしっかり説明してくれる。
 晴美は「ハイ、…ハイ」と聞いてはいるが、心はうわの空だった。何と言って、何時、自分がテニスをやる気が全くないことを告げようかと、そのことばかり考えていたのだ。
 今日の明日、そのことを言うのは、あまりにも熱心に教えてくれた啓介に申訳なかった。
 その日は、仕方なく、ラケットとボール1個を自宅へ持ち帰ることになったのである。※14へ

(写真は、市民会館前の広場で撮ったもの)
(上記小説は、カテゴリー短編小説[茜雲]で連載中)
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2006年02月20日

春の花時計


春の花時計.jpg※12
 1セット終ると、プレーをしていた4人はお互いにコートを挟んで握手を交わし、ベンチへ戻ってきた。
 晴美は席を立ちその4人に「こんにちは」と挨拶をした。 蒲田と慶子は落ち着いた雰囲気でにこやかに、やあいらっしゃい、とか、あらこんにちは、と返事をしてくれた。 矢部は、「へえー、君テニスやるの」と相変わらずニヤニヤしている。でも、決して意地悪というのではなく、面白がっているという風である。
 4人がそれぞれペットボトルの水を飲んで一服しているところを見計らった啓介は、「すみません、ちょっとコート借りていいですか?川口さんテニス初めてなんで、フォームとか、基本を指導したいので…」と言った。
 晴美は、内心、ヤバイ、と思った。晴美はテニスなど全く始める気持ちがなかったのだ。安易にノコノコこんな所に来てしまったことを今さらながら後悔した。
 啓介はあらかじめ用意していたのだろう、ラケットを取り出し「これ、君にあげるから」と晴美に渡した。
「えっ、じゃあちょっとお借りします」とラケットを受け取りながら、晴美は、今は取りあえずやるしかない、と思った。※13へ

(写真は、市民会館前広場の花時計)
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2006年02月17日

博多人形の絵はがき


博多人形.jpg※11
          ※
 「川口さーん」と啓介が追いかけてくるのが分かった時、晴美は、―しまった、見つかっていたのか―と思った。帰ろうとしている所を呼び止められたのが、うっとうしかったのだ。が、それを振り切って帰ってしまうのはいかにも大人気ないことだった。
 真っ白い半袖のポロシャツと濃紺の短パンが眩しいほど似合っている啓介が、少し息を弾ませながら、晴美に近づいてきた。
「来たんだろう?せっかく来たのに何処へ行くの?入っておいでよ」と晴美の肩に手を廻した。
 晴美は、啓介の何気ないスキンシップに戸惑った。
 ―仕方ない、たとえ形だけでも、見学するしかない―と観念せざるを得なかった。
「すみません、じゃあちょっと見学させて下さい」と啓介の手をすり抜け、「どうぞ、早く行って!私も行きますから」と一歩離れた。
 啓介は「来るんだよ」と念をおすと、大股でコートへ帰っていった。
 晴美は啓介の後をゆるゆると歩いて付いていった。そしてコートの側に設置してあるベンチにスーッと腰を下ろした。啓介はネットの横に再び立ち、「ごめん、再会しまーす」とジャッジを続けた。
 ダブルスを組んでプレーをしているのは、啓介の後輩でレントゲン技師の矢部と准看護師の麻美ペアー、薬剤師の蒲田と薬局で事務をしている慶子ペアーだった。
 病院に勤めて1ヵ月、4人とも晴美は面識があった。蒲田が1人妻帯者で40歳近い年齢だろう。慶子は28歳位、麻美は22〜23位だろうと思った。
 矢部は年齢が晴美と同じ20歳ということもあり、よく事務所にきては晴美にちょっかいをかけてきていた男性だった。
 その矢部が、啓介が連れてきた女性が晴美だと分かると、ニヤニヤ意味ありげに笑っている。晴美は何となくバツ悪く、会釈しながら手を振った。※12へ

(写真は、川崎幸子作の博多人形の写真の絵はがき)
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2006年02月15日

夏みかん


夏みかん.jpg※10
 5歳違いの伯母と実母は、小さい頃から仲の良い2人きりの姉妹だった。しかし、性格も容姿もあまり似ていなかった。伯母はいわゆる美形で性格もてきぱきとした勝気なのに対して、実母は若い頃の美空ひばりみたいな穏やかな顔立ちで、性格もおっとりしたおとなしい人だった。
 啓介が小学校へ入学する時、既に入院していた実母と、病院で撮ったランドセルをしょった啓介との2ショット写真を、啓介はずっと持ち歩いていたが、最近になって写真があまりにもボロボロになったのでアルバムに移したところだった。
 今では実母の顔をはっきり思い出せないが、アルバムの中には、いろいろな表情の母がにこやかに微笑んでいるので、頭の中にはいつも写真の中の母がいたのだ。
 啓介は晴美を見て懐かしく感じたのは、晴美が実母の面差しにどことなく似たところがあったからに間違いなかった。
 啓介が田鶴子と知り合ったのは、福岡の医療専門学校レントゲン科を卒業後、小川市立病院に就職し、この町に住んですぐだった。
 啓介のマンションの近くにある食堂に手伝いにきていた、食堂の親戚の娘だった。昼間は市役所にアルバイトに行っているが、夕方手伝いにきていたのである。毎日のように夕食をそこで済ませていた啓介に、なにくれとなく世話をしてくれた田鶴子と、いつの間にかそういう関係になっていった。
 その田鶴子が、この連休は、市役所の仲間と北海道旅行に行くというので、その間に晴美をテニスに誘ったことを、啓介は、どこか後ろめたく感じるのを、自分でも不思議に思うのだった。啓介がダブルスを組むパートナーはだいたい田鶴子というのは仲間は全部知っていたことだった。

 啓介は、金網ごしに晴美がこちらを覗っている姿を目にした。鼓動がますます激しくなった。きりがいい所で迎えに行こうと思った矢先だった。見ると晴美が後向きになって帰っていくではないか。
「ごめん、ちょっと、タイム」
 あわてた啓介は、コートの4人に言い残して、晴美を追いかけた。※11へ

(散歩道にある、夏みかんのある家と畑)
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2006年02月13日

椿の花


椿の花.jpg※9
          ※
 啓介はネットの横でスコアを取りながらも、心はうわの空だった。ラリーが途切れるとコートの入口の方へ目が行く。
 晴美がはっきり今日ここへ来ると言った訳ではないが、時間が経つにつれ、胸の鼓動が激しくなりどうにも落ち着かないのだ。

 啓介には4年ほど付き合っている栗山田鶴子という24歳のれっきとした彼女がいる。病院内でも、仲間内はもちろん、事務関係の人は概ね周知のことだった。
 それなのに、ある日、事務所のデスクに不安そうに座っている晴美を一目見た、正にその瞬間に、不思議な感情が湧いてきたのである。
 何処かで会ったことがあるような、懐かしい、心の奥からじわっと温かかくなる感情だった。しかも、啓介は ー俺の好みだー と直感した。決して美人ではないのにとにかく惹き付ける何かがあった。
 しかし、その後、どうして彼女がこんなに気になるのか、よく考えると、7歳で死に別れた啓介の実母の面影に重なり合うことに気がついた。 
 啓介は両親とも教師の元に生まれたが、父親は啓介が生まれて間もなく、突然病で亡くなっている。その後教師をしながら啓介を育てていた母も、啓介が小学校に入ってすぐの頃、ガンで亡くなってしまった。
 啓介はその後、母の姉である伯母に育てられたのである。伯母は若い頃は銀行に勤めていたが、妹が亡くなると同時に銀行を辞め、比較的自由のきく保険の外交員をしながら、ずっと独身を通して、啓介に愛情を注いできた。啓介は、伯母を慕い愛していたが、実母のことを片時も忘れることはなかった。※10へ

(写真は、可憐な藪椿の花。町外れに行くと道路脇の山肌のあちこちに見ることが出来る)
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2006年02月11日

冬の幼稚園


銀杏の木.jpg※8
 4月29日から始まったゴールデンウィークは5月5日まで飛び石無しの連休だった。
 晴美は、まさか、病院のテニスコートに行くことになろうとは、4日までは指の先ほども考えていなかった。ところが5日の朝、父親と母親が、どこか出かけるなら鍵はちゃんとかけるんだよ、と言い残して親戚の法事に出掛けた時、頭の片隅にインプットされていた啓介のことばが突然蘇ってきたのだ。
―今日は5日だ、東元さんが確かテニスをするっていう日だ、見にいこう― そう決めると、矢も楯もたまらなかった。すぐさま洋服を着替えると家を飛び出していた。
 晴美自身がテニスをしたいわけでは決してなかった。むしろ、絶対したくなかった。晴美は運動オンチということを、イヤというほど自覚していたのだ。
 ただ、休暇中ということもあり、晴美はジーパンとスニーカーというカジュアルなスタイルである。テニスをしにきた、と勘違いされはしないか、少し心配だった。
 病院のテニスコートに着いた時は、お昼前11時頃だった。
 テニスコートは2面あり、1面には内科医師の姿が見えるのでそのグループであろう。
 もう1面が、東元のグループだろうか、男女混合ダブルスを実戦しているようだった。東元はそこでジャッジをしていた。
 2人の女性のテニスウエアも本格的で、チームワークよく楽しそうにプレーしているのを目の当たりにした時、晴美は、場違いな所へ来たことを既に後悔していた。
 晴美は気付かれないように、身を隠した。幸いコートのまわりには高い金網が張ってあり、ところどころに桜の木が植わっていた。すぐに気付かれることはないだろう。晴美は様子をちょっと見て、そのまま帰ろうと思った。bXへ

(写真は、散歩道にある幼稚園。庭のセンダンの木)
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2006年02月09日

散歩道にあるパン屋さん


近所にあるパン屋さん.jpg※7
「ところで川口さん、スポーツ、何かやるの?」
 啓介は、急に話題を変えた。
「いえ、私、スポーツはあまり好きじゃないです」
 晴美は即座に答えた。
「病院じゃ、遊び程度でいろいろやってるんだよ、テニスコートもあるし、卓球台もあるし、看護師さん達はダンスもやってるよ」
「へえーそうなんだー」
「看護師の女子寮じゃ、たしか活け花やお茶も…、とにかくいろいろやってるから」
「仕事が軌道に乗ったら、藤田さんに聞いてみます」
 藤田佳代は、事務室の先輩女子職員で、晴美にとって1番身近な存在なのだ。年齢は27歳で新婚だということを、晴美は本人から聞いていた。佳代はなにくれと無く、晴美の世話をしてくれたが、何しろ日々の仕事に追われていた。午前9時から病院の受付業務、午後は会計業務をしている。空いた時間がないので、勤務中は何1つ無駄話は出来ない状態なのだ。お昼休みに話そうと思えば出来ないことはないが、晴美は疲れている佳代に迷惑をかけたくないと躊躇していたのである。
 
「連休最後の5日の日、暇だったら病院に出てきなよ、テニスコートでテニスの練習やってるから、俺テニスも人に教えるの上手いんだよ。すぐ、ダブルスできる様になるから、とにかく1度見にきなよ」
「ええっ、……でも見るだけなら、……考えときます」
そして、啓介は、満足したように、晴美を鶴崎町の自宅まで送った。
 晴美はその日、啓介が自分の住む家を知ったということに、そこはかとなく親近感が沸くのを感じたのである。8へ

(写真は、近所にあるかわいいパン屋さん。朝早くからいい香りが漂っている)
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2006年02月07日

冬の散歩道風景


私が好きな散歩コース.jpg※6
 晴美は、啓介がどうして自分のことにこんなに親身になってくれるのか、不思議だった。学生気分の抜けきれない服装も、肩まであるセミロングの髪を無造作になびかせているのも、化粧気のない垢抜けない顔も、晴美はどう見ても目立つ存在ではない。啓介が自分に関心があるとはとうてい思えなかった。
 中村係長に頼まれたのだろうか?
 そう考えると納得がいった。また、そう思うと中村係長がそれなりに晴美の処遇を考えている証しのようで、何となくほっとしたのだった。

 病院には、若くてはっとするように美しい、独身看護師が何人もいる。それに洗練された都会的な美人栄養士2人、薬局にはそそとした美人の薬剤師が2人いて、皆独身である。女性の晴美からみても、男性職員にとっては選り取り見取りの楽園に見える。
 その中に啓介の彼女がいるのかもしれない、と晴美はふと思った。
 社会人になって間もない晴美は、仕事をちゃんとすることが目の前の重要課題であって、他のことにはあまり興味がむかない。啓介はステキな男性には違いなかったが、いい人だなというのが、率直な感想だった。※7へ

(写真は、私が毎日歩いている散歩道。国道事務所が刈り込みをしてすっきりした街路樹。ますます空気が澄み渡ったよう)
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2006年02月05日

お正月活け花に枯れた花を取り替えて


正月の残り花.jpg※5
「ここから見る夕日は最高だろう、海が抜群なんだよなあ」
「よく、来るんですか?」
「釣りにくるんだよ、あんたとこの係長の中村さんなんかと」
「へー、そうなんですか?……ところで今日は今から何処か行かれるんでしょう?まさかこんな時間におウチに帰るはずないだろうし」
「ああ、ほら病院のちょっと先に大松製作所の男子寮があるの知ってるだろう?あそこで若い技師たちにギター教えてるんだ。1週間に1回だけど、連休にコンサートを開くから、この所しょっちゅう行ってるんだ」
「そうなんですか、ギターの先生?」
「まあな、もともとクラッシックなんだけど、フォークも軽音楽も何でもするんだ」
「スゴイですね、……それなら早く行かないといけないんじゃないですか?こんな所で油売ってていいんですか?」
「うん、……川口さんがしょんぼり帰っていたんでついね、元気づけようと思って、それに君、事務所でも元気ないみたいだから」
「ええっ?何でそんなこと、東元さんに関係ないでしょ」
「そうだけど、何か悩み事でもあるんじゃないかと思って」
「……私、未だに決った仕事がさせてもらえないんで、事務所に居るのが苦痛なんです。周りは忙しそうなのに」
 晴美は不思議とスラスラと悩みを口に出していた。この夕日と広々した海の前で、引きこもっていた心が一気に解放たれた感じだった。
「そうなの、君が来るのを事務所ではみんな楽しみに待っていたんだよ、中村係長も、今度、若い女性の新採が入るってずっと待ってたし」
「じゃあ、どうして仕事させてもらえないんでしょうか」
「きっと、今まで忙しかったんだよ、4月からいろいろ病院のシステムが変わったからね、その対応に追われて、君のことが後回しになっているんだ。よし、俺、中村さんに言っとくよ。毎日遅くまで残業してるから、今日でも帰りに事務所に寄ってみる」※6へ

(写真は、お正月の活け花に、枯れた花を菊の花に変えて、もたせているもの)
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2006年02月03日

花束の花


花束の花.jpg※4
 そのうちにそのスピードに慣れてきた晴美は、目をあけて風景を見る余裕も出てきた。目の前に、宝石が散りばめられたようにキラキラ光っている海が広がっていた。
 晴美は仕事のことをすっかり忘れていた。暗闇の中にぽっと小さ灯りが点ったように、心が少し明るくなった感じがした。
「きれい」と、晴美は自分でも驚くような大声を出した。
 啓介は、そこが穴場と分かっているのだろう、徐々にスピードを落とし、少し広くなった路肩にバイクを停めた。
「ちょっとだけ、夕日を見て帰ろう」とバイクから降りると、晴美に降りるように手を差しのべた。
 晴美は言われるまま素直に降りた。猛スピードが恐くて腹立たしかった怒りはすっかり吹き飛んでいた。むしろ、少しウキウキしていた。
「こんな真っ赤でこんなにでっかい夕日、初めて見ました」
「ちょっと海際まで下りてみる?」と言いながら啓介はどんどん海の方へ向かって歩いていく。晴美は小走りで後をついていった。ちょうど座るのにかっこうの岩を見つけて啓介は腰をおろし、どうぞ、と晴美にも座るように促した。※5へ

(写真は、花束の花をそのままバケツに活けたもの)
(上記小説は、カテゴリー短編小説[茜雲]で連載中)

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2006年02月01日

ホウレンソウ


ウ.jpg※3
 明日からゴールデンウイークという週末の金曜日、勤務を終えた晴美は、暗い心でバス停へ向かって病院の坂道を降りていた。
 連休といって、何ら楽しい計画もないこともあるが、それ以上に、職場で自分の置かれた状況が不安定のまま休みに突入するのが、晴美の心を重くしていた。
 連休が明けたら、思い切って係長へ「ちゃんとした仕事をさせて下さい」と直訴するしかない、と心に決め自分に言い聞かせながら歩いていた。
 そんな考え事をしながら歩く姿は、誰が見てもあまりかっこいいことはなかった。
 そんな晴美の横に、スーッと後からきたバイクが停まった。
啓介だった。
「ヨオッ、ボーッと歩いてちゃ危ないぞ!」
「アアッびっくりした!すみません」晴美はぴょこんと頭を下げた。
「これからまっすぐ家へ帰るの?」
「は、はい、…まあ」
「後、乗りなよ、ハイ、このヘルメット付けて」と、バイクの前にかけていた赤いヘルメットを渡した。
「えっ、でも」
「いいから、早く乗って!またがっていいから」
「は、はい、すみません」晴美は、―ま、いいかーと思った。
「しっかり俺に掴まって。……ところでウチは何処?」
「鶴崎です」
「そうか、じゃあ遠回りだけど、海岸を走るから」
 啓介はそう言うと、エンジンをかけ、いきなりぶんぶんバイクを飛ばし、海岸線の道へ入って行った。晴美はこの道があることは知っていたが、通ったことのない道だった。
バイクの後に乗るというのは、晴美にとって初めての経験だ。恐くて啓介の腰に手を廻してしがみつくしかなかった。晴美は後悔していた。振り落とされるのじゃないかと思った。こんなに恐い目に合うなら、ゆっくりバスで帰る方がどんなにいいか。しかし、今は目を瞑っておとなしく啓介にしがみついた。※4へ

(写真は、プランターで育てたもの)
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2006年01月30日

リトルエンジェル


エンジェル.jpg※2
 その時だった。病院の方から250CCのバイクがけたたましく走ってきて、晴美の前を通り過ぎて行った。晴美は目で追った。キューッとそのバイクが急停車した。 晴美が茫然としていると、啓介がヘルメットを持ち上げ、晴美を振り返った。
 啓介は病院のレントゲン技師で、26歳、晴美とはもちろん病院内で面識があった。啓介の顔をマジマジと見たことはないが、小顔で細面、睫毛の長いくっきりとした黒目がキラキラと光っていて、いかにも育ちがいいという感じがするがどこかに精悍さもあり、いわゆるハンサムだと、晴美は認識していた。
 その啓介が笑顔で話しかけてきた。白い歯もきれいだった。
「川口さん、ウチ何処?送るから乗らない?」
 晴美は突然の出来事に、考える余裕がなかった。
 反射的に「いいえ、けっこうです。バスもうきますから」と答えた。
「そうか、じゃー」と、また勢いよくエンジンをとどろかせて走り去った。晴美は、あっという間に終わってしまった会話を頭の中で復唱していた。
 ―バイクの後は気持ちよさそう、乗ればよかったかなあ―という思いが沸いてきたが、後の祭りだったが。

 東元啓介が大分出身でこの小川市には単身で住んでいるということを、事務所の先輩佳代が言っていたのを晴美は覚えていた。
 独身の啓介がこんなに早く帰宅するとは考えられなかった。これから何処へいくのだろうと、取り留めのないことに思いを巡らせていると、晴美の乗るバスが、目の前で停まった。バスに乗り込むと同時に啓介のことも頭から離れていった。※3へ

(写真は、若月まりこさんの人形。プレゼント用に購入したついでに自分用も購入したもの)
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2006年01月28日

 赤い実ともみの木の活け花


赤いタ.jpg短編小説〔茜雲〕 ※1
 晴美は短大を卒業したばかりの20歳、この4月から市立の総合病院に事務員として採用された。
 晴美はもともと市役所に勤めるつもりで行政職の採用試験を受け、難関を突破して合格している。当然市役所勤務だと思っていたのだ。ところが配属されたのが、市の外れにある総合病院だった。病院に勤務している人たちが市の職員であるなどと、晴美は考えていなかった。辞令が交付されて始めて、なるほど、市職には市立病院の業務もあるのだと認識したくらいだった。

 働き初めて1ヶ月が経とうとしているのに、晴美はなかなか病院勤務に慣れない。というよりふつふつとした不満を心に抱いていたので、なかなか気分が晴れず、自ら、殻に閉じこもってしまっていた。
 病院は、小高い丘の上にある。
 広大な敷地なので、バス停は病院前となっていても、そこから病院の玄関入口まで、歩いて5分はかかる。毎朝、バスを降りた所から、勾配のある道を病院の玄関まで歩くのが苦痛だった。坂道が辛いというのではない。今日1日また、あの一種独特な雰囲気の事務所で過ごさなければならないのが、たまらなく憂鬱だった。
 病院勤務がたとえ不満でも、仕事に没頭出来れば、こんなに毎日の出勤が苦にならないだろう。
 しかし、1ヶ月が過ぎようとしているのに、晴美は決った仕事が与えられなかった。先輩たちの補助的なことばかりをやらされていたのだ。そのことも晴美を悩ませていた。ー私はこの職場に必要ないのではーとさえ思い始めていた。
 1日を何とか過ごし、就業時間が終る5時半になると、逃げるように事務所を出て、晴美は、今このバス停でぼんやりとバスを待っていた。※2へ

(写真は、ホテルの食堂に飾ってあったもの)
(上記小説は、カテゴリー短編小説[茜雲]で連載中)

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