2008年11月11日

小説・父親の役目

11
 その日、美代子がヒデの電話を受けたのは、夜の10時を回っていた。
 秀男は当然のように自宅へ帰っていなかった。何処で何をしているのか知る術もない美代子は、仕方なく1人で病院へかけつけた。
 勇作はくも膜下出血だった。幸いヒデの目の前で倒れたこともあって、処置が早く、一命はとりとめた。
 しかし、医者からは再起不能と告げられる。
 勇作はヒデと同い年だったが、高血圧の上、酒、煙草が好きだった。そんな不摂生が引き起こした結果だった。
 秀男が病院へ訪れたのは翌日になってからだった。
 ベッドに横たわる、変わり果てた勇作の姿を見て、秀男はさすがにうなだれていた。
 ヒデは、手術の立会いをしなかった秀男に力なく文句を言っていた。
 しかし、たとえ秀男が居たとしても、どうなるものでもなかった。
 問題はこれから先がたいへんなことだった。12へ

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2008年11月06日

小説・父親の役目

10
 小百合と賢が小学校へ入る頃には、美代子は秀男の実家とは殆んど絶縁状態だった。ただ、秀男には、休みとなると、ヒデからしょっちゅう呼び出しがかかった。
 事ある毎に新興宗教のお祈りの会に出かけるヒデが、送り迎えを秀男に頼むからだった。その時は、決ってガソリン代といって、まとまった金をくれた。タクシー代で散財するより、息子にお金をくれてやった方が、息子が喜ぶだろうと思っていたし、秀男は秀男でそれが親孝行だと思っていた。
 美代子がヒデと折り合いが悪く、実家に寄り付かないことに、秀男は何も言える立場ではなかった。
 なぜなら、それは秀男にも責任があることだった。
 というのも、ヒデとの仲をとりなすことはいっさいしなかった。また、美代子の実家に顔を出すこともしていない。
 秀夫も美代子の実家とは絶縁状態だったのである。
 お互いを思いやることをお互いが全くしていないのだから、お互いが文句を言えるはずがなかったのである。
 夫婦は同じ屋根の下に暮らしているが、お互い別々の行動をしていた。
 会話をすれば喧嘩になるので、だんだん会話を避けるようになっている。
 用事があるとすれば、子供に関することだけだった。そんな時は子供を通じて話した。そんな術を自然に習得していた。
 父親勇作が、脳梗塞で倒れたのはそんな時だった。11へ

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2008年11月03日

小説・父親の役目

bX
 美代子は、正直、姑のヒデをあまり好きではなかった。それは実家の母親とあまりに違っていたからかもしれない。母親とは価値観が同じなのか、友達感覚で言葉が通じた。ヒデとは、何もことば使いのことではない、政治に関しても文化に関しても社会通念に関しても、どこかかみ合わない所があった。
 なにしろヒデは新興宗教の熱心な信者である。決して美代子に入信を勧めることはしないが、宗教第1の考えが身体にしみついていて、知らぬ間に何事に関しても、美代子に押し付けるふしがあるのだ。最初は話を合わせる振りをしていたが、だんだんうざったくなるのは避けられなかった。どうしたら、家へ訪ねてくるのを拒否出来るかばかりを考えるようになった。
 美代子はだんだん口数を減らしていった。どんなに話し掛けられても、自分の意見を言わなかった。笑顔も見せなかった。無視したのである。
 孫の小百合と賢もどんどん大きくなっていった。お祖母ちゃんよりお友達を求め始めた。
 母親が祖母に対して抱いている感情をそれとなく察しているのか、小百合も賢も時にヒデに対してあからさまに厭味な言動をするようになった。そんなある日、
 「お祖母ちゃん、用もないのに何しに来るの?もう来ないで、ママが困るでしょ!」
と、言っているのを聞いた時、美代子はもうこれで一巻の終わりと思った。
 ところが、ヒデは笑いながら
 「あら、わたしがきたら迷惑なの?それなら小百合と賢が家へ来てくれる?」
 と、言った。
 「お祖母ちゃん、お経ばかり詠んでいるからいやだ」
 と返されても
 「そんなことないよ、あなたたちが来たらちゃんと遊んであげるよ」
 と、にこやかに答えた。
 しかし、ヒデが心の中では深く傷ついたのは間違いがなかった。
 というのも、それからヒデは、2度と美代子たちの家を訪ねてくることはなかった。たとえ用があっても電話で済ませるようになっていったのである。10へ

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2008年10月30日

小説・父親の役目

bW
 秀男には通産省の役人をしている2歳違いの優太郎という弟がいる。母親ヒデには誰より自慢の息子だが、なにせ東京住いの優太郎家族には、そうそうかまうことはままならなかった。
 一方秀男の家族は同じ市内に住んでいる。ヒデの関心がおのずと秀男の家族へ向けられたのは、当然の成り行きだった。
 金融業を営んでいた秀男の父勇作は、その頃既に店をたたみ、十分な預貯金、株の配当で悠悠自適な生活を送っていた。
 今でこそ、ゴルフ、釣り、骨董あさりなど、健全な遊びなのだが、羽振りがよかった若い頃は、女性関係も1つや2つでなく、ヒデはずっと泣かされていた。
 その頃、そのストレスから解放されたくて、つい新興宗教に足を踏み入れてしまう。
 いまいましく思いつつも、さすがにその時は、勇作も、自分の非を認めざるをえなかった。ヒデの気がすむならと、何も言わずに大目に見ることにしたのである。
 ヒデは熱心な信者へと育っていった。相当なお金も貢がなければならなかった。
 不思議なことに、ヒデはお金にいとめはつけなかったし、勇作も咎めることはしなかった。それほどお金があったということだろう。
 そんなヒデが、秀男の留守中に、頻繁に孫に会いにやってきていたのである。bXへ

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2008年10月27日

小説・父親の役目

bV
 結婚が決ると美代子はさっさと仕事を辞めた。
 秀男の両親は決して諸手を上げて喜んでいたわけではなかったが、結婚式や披露宴に関しては、全面的にバックアップしてくれた。
 何しろ、秀男はまだ結婚資金などなかった。美代子は、式はしなくていいと言ったが、それではあまりにもかわいそうと思ったのか、世間体を考えたのか、秀男の両親は、お腹の目立たないうちにと、6月に結婚式を決めたのであった。
 結婚して4ヵ月で長女小百合が生まれた。
 新婚時代も何もなかった。
 2年後に長男賢が生まれる。
  何が何か分からぬまま秀男は2児の父親になっていた。
その間、身体はともかく、美代子と心を通わせたことがあったのだろうか。日々の生活に追われて、美代子のことは何一つ知らないままに過ごしてきたように思われた。
 ただ、日に日に大きく育っていく子供たちは、予想していた以上に可愛かった。母親の美代子より、愛情を注いで世話をしたので、いつの頃からか、子供たちは秀男の方に懐いていた。
 美代子には深い愛情を持てぬままだったが、家庭生活は普通に続いていたかのように思われた。
 しかし、元来美代子は気の強い女だった。
 秀男が知らない所で、徐々に家庭生活にひびが入り始めていたのである。
 端を発したのは、嫁、姑問題だった。bWへ

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2008年10月24日

小説・父親の役目

bU
 それはあまりにも唐突な告白だった。秀男は一瞬聞き違いと思った。
 「えっ!今何て?」
 「ごめん黙ってて、私病院へ行ったの、3ヶ月だって。母子手帳もらわなくてはいけないの。貴方に了解を…」
 秀男は、目の前が真っ暗になり腰が抜けていくのを感じた。美代子の言葉が次第に遠のいていった。ただ、赤ん坊が生まれる、赤ん坊が生まれる、ということだけが頭の中を駆け巡った。
 「こんなことになってごめんなさい」と、美代子は小さな声で言った。
 「謝ることではないだろう」秀男も小さな声で言った。何もかも腹立たしかったが、こうなったら結婚するしか道は残されていなかった。
 「そうだよね、貴方の子供だもの、素晴らしいことだよね。私本当は嬉しいんだ」と、美代子はホッとしたように言った。
 秀男は、これから先に控えている転勤、結婚、出産のことを考えると、気が滅入って仕方なかった。
 秀男と美代子が結婚したのは、このように切羽詰った出来事だったのである。bVへ

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2008年10月22日

小説・父親の役目

bT
 美代子は献身的に秀男に尽くした。職場恋愛なので、周囲にはすぐにばれることになる。次の人事異動でどちらかが配置転換になるだろう、自分が変わるだろうと、秀男は思った。離れれば美代子と自然に遠のくことが出来る、それまでは流れに任せようとも思った。
 その後も、美代子とは、誘われるまま逢瀬を何回となく重ねた。
 翌年の4月、秀男は首尾よく販売企画課に異動が叶ったのである。ほっとした。これでしばらくは美代子から逃れられると思った。うまくいけば別れられるかもしれない、少なくとも結婚はまだ先のことに思えた。
 そんな時、美代子から重大発言を聞かされる。
 「あなた異動が叶って嬉しそうね」秀男の心の中を見抜いていたのだ。
 美代子もやはり愛されている充足感を味わえずにいたのかもしれなかった。少し申し訳なかった。
 「だって、やっぱまずいだろう。同じ課にいつまでも一緒じゃ」
 「うん、分かってる。私もそろそろ決着をつけようと思って…。実は私お腹にあなたの赤ちゃんがいるの」bUへ

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2008年10月20日

小説・父親の役目

bS
 秀男には好きな女性がいた。高校時代の1年後輩である。郷土史研究部というクラブ活動で一緒だった。高校を卒業すると秀男は地元の国立大学へ、彼女は地元の短大へ進学し、卒業すると、彼女は地元の銀行へ勤めた。
 秀男は彼女とずっと恋人同士として付き合っている。彼女と結婚の約束をしているわけではないが、裏切ったことには違いない。秀男にしても、未だに彼女の方を愛しているのだから、別れのことばなんか言えるはずはなかった。
 それからは、彼女から電話があっても何やかにやと理由をつけて、会わないようにするしかなかった。
 最初はなんの疑いも持っていなかった彼女も、あまりに不自然な秀男の態度の変化に、徐々に察するようになる。2〜3ヵ月たった頃は、すっかり諦めたのか、何の連絡もなくなった。泣き言一つ言ってこなかったのは、秀男にとってかえって切ないことだった。
 ただ、秀男は、それだからといって、美代子とすぐ結婚したわけではなかった。
 たった1回の過ちで一生が決るのはあまりにも過酷だった。
 まず、真面目に彼女と向き合ってみようと思ったのだ。
 真面目に付き合うにしても、結婚はやはりまだ先のことだった。どこかで、結婚に発展しなければいいとさえ思っていた。bTへ

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2008年10月17日

小説・父親の役目

bR
 秀男は酒が好きだった。秀男の人生は常に酒に左右されていると言っても過言ではない。
 その日、海外向けの大きな契約が成立したことで、社長以下上機嫌だった。
 秘書課にも慰労ムードが漂い、自然に飲み会へと発展していった。
 秀男は大勢で飲む酒より、気の合った仲間と行きつけの和風スナックで飲むのが好きだったが、仕事だと思って、会社の飲み会にも参加する。
 課員10人が夫々思いのままに、居酒屋のテーブルの席についた。秀男の横に座ったのが美代子だった。嫌な予感があった。横に素人の女性に座られるのは苦手なのだ。気が散ってゆっくり飲めない気がするからである。後で考えれば、その時も、美代子が進んで秀男の隣に陣取ったとしか思えない。
 秀男にどんどん酒を勧めた。美代子自身も相当飲んでいるようだった。いつの間にか意気投合して二次会へと流れていった。挙句の果て2人はホテルへと到達していったのである。その過程を秀男は全く覚えていない。気がついたのは朝だった。
 2人はとうとうその日は会社を休んでしまう。秀男は自暴自棄になったが、美代子はむしろ喜んでいる風だった。
 それでも不安そうに「これから私たちどうなるの」と、言った。
 こともあろうに美代子は社長秘書、間違いだったではすまされないだろう。捨てたりしたら何の仕返しがあるか分らない。左遷されるかもしれない。
 こうなったら、美代子と真面目に付き合うしかない、としか考えが浮かばなかった。bSへ

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2008年10月14日

小説・父親の役目

bQ
 秀男が妻の美代子と結婚したのは、秀男25歳、美代子24歳の時だった。
 その頃、秀男には好きな女性が別にいた。ただ、結婚はまだ考えていなかった。30歳過ぎてからでいいと思っていたのだ。
 ところが、ひょんなことから、全く眼中になかった美代子と結婚したのである。
 それは、美代子が意図的に仕組んだことだったのか、偶然だったのかは今さらいっても仕方がないと秀男は思っている。とにかく美代子は積極的だった。
 当時2人は同じ丸山商事に勤務していた。同じ秘書課で美代子は社長秘書をしていた。自分に自信がある美代子は、他の男性は何かとモーションかけてくるのに、秀男だけがそしらぬ態度を取るのが、気になって仕方がなかった。ちょこちょこと秀男を観察するようになる。そのうちに秀男のことばかり考えるようになっていた。秀男には他に好きな女性がいるのだということが分った。許せなかった。何としてもこちらに振り向かせたかった。
 そのために、秘書という立場を利用して、彼が社員の中で優位にたてるように、何くれとなく世話をやいた。
 最初は気がつかなかった秀男も、誰も知らない情報をいち早く、そ知らぬ顔で教えてくれたりすると、さすがに、美代子の特別な気持を察することが出来た。
 それでも好きでもない女に言い寄ることなどなかった。
 しかし、酒という魔物が、秀男を思わぬ方向へと誘っていったのである。bRへ

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2008年10月12日

小説・父親の役目

bP
 朝早いというのに飛行場のロビーはけっこう人の往来がある。
 松山秀男は、娘の小百合が7時50分発で上京するのを飛行場まで車で送ってきていた。
 土産品売り場は、ぼちぼち店開きに取りかかっているものの、まだ買物が出来る状態ではない。
 「何か欲しい物、あるか?」
 秀男は売店を横目に見ながら、さっきから、ムスッとして一言も口をきかない小百合の機嫌をとるかのように言った。
 「ない」
 小百合は憮然として答えた。
 「夏休みはまだ20日以上も残っているんだろう、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
 小百合は無言で、じろりと秀男を睨んだ。
 「悪かったね、パパとママのせいだろう?喧嘩ばかりしているからね」
 「今さら何を言うの。わたしが物心ついたころには、もう仲が悪かったじゃない」
 「そうだったかなあ」
 「もういい、どうにもならないことだから」
 「今日は中国へ飛行機が飛ぶ日か?団体客がやけに多いなあ」
 話題を替えたかった。
 事実、人が多いのは国際線ロビーの方だった。
 「パパ、もう帰っていいよ、後は飛行機に乗るだけだから」
 「そうか、じゃあ着いたらママに電話しなさい」
 「分った、ママとなるだけ喧嘩しないようにね。ま、無理だろうけど」
 秀男もそれは無理だろう、と思った。
 なぜならとっくに離婚することは決めていた。それに小百合にも弟の賢にもことあるごとに言ってきかせていたことだった。bQへ

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2008年10月07日

小説・間口

29
 それから1週間、ゴールデンウイーク中、陸は自宅で引きこもっていた。
 大林は無理だとしても、本間からは電話くらいかかってくるかもしれないと、どこかで期待していたが、やはり何の音沙汰もなかった。切なくて寂しい1週間だった。
 連休が明けた。
 嫌な時間は過ぎ去った。
 陸は再び明るい笑顔を取り戻した。
 職場では毎日陸の視界の中に本間が居る。彼はいつも通り優しく接してくれた。
 大林とも、会えば会話をかわした。
 2人との付き合いは、今まで通り何も変わることはなかった。
 遊ばれているという意識はない。むしろ、自ら人生を楽しむために、2人とは付き合っているのだと思っている。
 これからもいい男に出会ったら、臆せずどんどんアタックするような予感がする。
 何人とでも情を交わせそうな気さえする。
 いけないこととは思っていない。
 ただ、楽しい時間が増えると同じくらい、寂しい時間もどんどん増えていくだろう。
 悪のない退屈な人生より、楽しかったり寂しかったりする人生を選んだだけのことである。
 「おかあさんごめんね、私のこの生き方、見守ってくれるよね。私、誰も恨んだりしないし、自分のことはちゃんと責任をもつからね」
 陸は、母親のサヨにだけは、申訳ないと思っている。古い考えのサヨはきっと陸のこの生き方が理解出来ないだろうから。
 元より、サヨがいなくなったからこそ、陸に出来た生き方だった。
                  完
(上記小説は、カテゴリー{短編小説・つぶらなひとみ}の中の、小説・間口で連載してきましたが、今回をもって終了しました)

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2008年10月04日

小説・間口

28
 かつて陸にも彼氏が独身だった時代があった。20代の頃である。その頃は休みとなると、彼氏同伴グループでよく遊んでいた。旅行もした。
30代になると、徐々にまわりが結婚しだし、どんどんグループを抜けていった。気がつくといつの間にかグループも自然消滅していた。
 それでも女性の友人には、出来ては消え出来ては消えしながらも、通常遊ぶ程度なら別段不自由はしていない。それに、連休などで、たとえ誰とも会わなくとも、イライラした覚えはない。
今までの話である。
 ところが、本間や大林と付き合いだしてからというもの、休みの日となると、陸は穏やかでいられないのである。
 長い連休ではないか、1日ぐらいは陸のために使って欲しいのだ。せめてどちらか1人でも。そんな願望がいつも胸の中にフツフツと渦巻いている。それなのに、彼らには何も言えないもどかしさがまた、陸を情緒不安定にさせるのであった。
 こんな状態になることは、分かりきったことだった。それは最初から分かっていることだった。それが分かっているだけに陸は、律しきれない自分がいやでたまらなかった。
 まさに、しおりにもただ八つ当たりしているようなものだった。29へ

(上記小説は、カテゴリー{短編小説・つぶらなひとみ}の中の、小説・間口で連載中)

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2008年10月02日

小説・間口

27
 すると、本当に聞えなかったと思ったのか、
 「室田さんは、海外旅行とかされるんでしょうね」
 と、改めて問い直してきた。
 しおりは決して陸をからかっているわけではないのだ。
 陸ぐらいの年齢になると、給料も高額なことは職員同士では分かっている。よってお金はあるだろう。しかも独身貴族である。今年はめったにない7連休ときている。
 こんなに条件が揃っているなら、海外旅行もあるだろう、と考えるのは当然である。
 現に陸は過去には何度となく海外旅行を経験している。
 軽い気持で聞いてくるしおりを疎んじることなど、今までの陸なら考えられないことである。
 しかし、今日の陸は、しおりのその何でもない物言いが無性に癇に障った。
 無視したかったが、そうすればさらにしつこく聞いてきそうな気がした。
 思わず口から出てしまった。
 「休みの過ごし方、貴方に報告しなければならないかしら」
 思わぬ陸の刺のある言い方に、しおりは一瞬キョトンとしたが、
 「す、すみません」
 反射的に謝っていた。
 陸の意外な一面に触れた気がした。
 彼女はきっと今満たされていないのだと、直感的にしおりはそう思った。28へ

(上記小説は、カテゴリー{短編小説・つぶらなひとみ}の中の、小説・間口で連載中)

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2008年09月30日

小説・間口

26
 しおりは元々明るい性格で誰に対しても愛想がよい。普段から陸に対してもフレンドリーな態度でよく話しかけてくる。職場では、2人は気の合う仲間である。ただ、家庭持ちのしおりとは、興味の対象や行動範囲が自ずと違ってくるので、プライベートの付き合いは全くない。
 時々、しおりは陸のプライベートを聞いてくることがある。
 彼女に心を許しているわけではない陸は、その都度当り障りのない程度に受け答えをするのである。
 しおりにしてもさして知りたいわけではなく、話のなりゆきで、挨拶みたいに聞くだけのことであるから、その内容に関心があるわけではない。
 そんなことは分かっているはずなのに、コピー室で、突然後から
 「明日からの連休、室田さんはどうされるんですか?」
と、声をかけられた時、不意を突かれたことと、一番ゆううつな質問だったことに、陸は自分でも驚くほど不愉快な気持にさせられたのである。
 コピーをするため、しおりはコピー室に入ってきた。そこには先客である陸がコピーをしていた。そこで、沈黙を破るため何かしゃべらなくてはと思い、タイムリーな話題を言ったまでのことだった。
 「ああーびっくりした」
 「すみませーん、驚かせて」
 「すぐ済むからちょっと待っててね」
 「どうぞ、ごゆっくり」
 陸はしおりの質問が聞えなかったふりをした。27へ

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2008年09月26日

小説・間口

25
 陸が勤務している学生課は、学生係と教務係とがあり、学生係長が本間、その下に陸とあと若い男性職員1人、教務係に係長と職員2人という構成で出来ている。
 また、その他にも協会職員やアルバイトが常時2〜3人いて、比較的賑やかな職場である。
 教務係の宇野しおりは陸より5歳年下だが、既婚者で女の子供が2人いる。夫とは職場結婚で、夫は同じ大学の講師である。
 しおりは、陸とは正反対に、ゴールデンウィークをただひたすら楽しみにしている。それは尤ものことである。家に帰れば主婦であり母である彼女は、日頃、身体がいくつあってもたりないくらい忙しいのだ。
 休みには、たまった家事をするだけでも充実しているはずなのに、家族で北海道旅行を計画しているという。それが嬉しくてしようがないのか、だれかれとなく、ふれ回っている。
 陸はそんな話はあまり聞きたくない。話しかけられないように、しおりには極力近づかないように気をつけていた。26へ

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2008年09月24日

小説・間口

24
 母親が生きている頃は、毎日何の変てつもない生活をしていても、別段寂しいと思ったことはなかった。
 仕事から帰ってきて、食事をして、お風呂に入り、テレビを見る。だいたいそんな生活だった。その間、母親とたあいのない話をした。土日は2人でよく買物へ行ったり、お芝居を見にいったりした。
 連休やお正月は何をしていたのだろう。
 家でごろごろしていたような気もする。女友達と旅行したこともある。やはり母親と旅行する方が多かったが。
 陸は、今なぜこれほど寂しいのだろうと思う。
 ウイークデーはいい。
 職場では、本間と毎日顔を合わせている。
 1週間に3回くらいは学内で大林を見かける。
 それ以外にも、毎日こなす仕事は、いやなこともあるが達成感が得られるので、日々充実しているのだ。
 昨年の大学職員親睦海外旅行は結局、韓国へ2泊3日の行程で行われた。
 幹事として陸はやむを得ず、初めてその親睦旅行に参加した。それなりに楽しかった。旅先では、大林とは全く私的な行動はしていないが、やはり、彼が一緒だということが楽しめた理由だった。
 ただ、彼と親しくなったきっかけは確かに幹事同士だったことだが、コンサートに誘われたのは、旅行から帰って、お正月休みが明けてからだった。
 そして早くも5ヶ月が過ぎようとしている。
 目の前には、世間では楽しいはずだが、陸には苦痛としか言いようがないゴールデンウイークが待ち受けていた。25へ

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2008年09月21日

小説・間口

23
 陸は、大林とこんなことになるとは、想像だにしていなかったので、今彼と付き合っていることがほんとうに信じられない。
 しかも大林は、知れば知るほど、ますますかっこよかった。
 ただ、不思議だったのは、家族があって、仕事も順調で、何の不満もなさそうなのに、何で陸みたいな女に言い寄ってきたのかということだった。100歩譲って、彼にたまたま浮気したい気持があったとしても、もっと若い綺麗な女性が他にいたのではないか。
 そう考えると、この恋は、淡雪のようにすぐに消えて無くなりそうで、陸はいつも不安だった。
 そんなこともあって、一時は別れようと決心した本間とも、誘いがあれば断れないでいたのである。不思議と両方同じ日に誘われることはなかった。それは2人とも1ヵ月に1〜2回しか、誘ってくれなかったこともある。
 陸は仕事が終ると、たいてい1人ぼっちで過ごした。
 男がいない時は、何でもなかった1人暮らしが、彼が出来たことにより、それがとても辛いものになっているのを感ぜずにはいられかった。24へ

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2008年09月18日

小説・間口

22
 その夜は、大林は陸を、マンションの前まで、タクシーで送り届けた。
 その後2人は、映画と食事へ2度行った。
 結局大林が陸のマンションを訪れたのは、コンサートへ行ってから1ヵ月が過ぎた頃だった。
 その頃陸は、大林がセオリー通りの順番を踏むのが、じれったくてたまらなかった。
 3度目のデートの日、とうとう陸は意を決して言った。
 「今から家へ来ませんか。私の手料理、食べてください」
 大林は驚いた顔をしたが、
 「いいの?俺はいいけど」と、言った。
 それから後は、本間の時と同じようなことが繰り広げられた。
 知らないうちに本間と比べていた。
 外見や人間の価値は、2人はそれぞれ違いがある。それなのに、やることは似たり寄ったりだった。
 2人はどこかで同じことを習っているかのように、同じ行動パターンをする。それは、ほんとうに興ざめなことだった。
 男性って偉そうにしているけど、意外と単純な生きものなのだ、と思った。
 精神的には大林に惹かれながら、ベッドの中では本間と大差ないのが、何かひどくがっかりしたのである。23へ

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2008年09月16日

小説・間口

21
 コンサートの後に、2人は海のほとりのレストランで遅いディナーを取った。
 大林が事前に予約を入れていたのだ。
 ワインを飲みながら、憧れの男性と2人きりで食事をするなど、陸には夢のような出来事だった。
 しかし、これは現実のことだった。
 しかも、これからも2人は、付き合っていくだろう。
 2人はそのことを確信することが出来た。
 ただ、これは結婚へと繋がる恋愛ではないことも、はっきりしていた。
 結婚を望みさえしなければ、こんなにステキな男性とも、恋愛は出来るのだということを、陸は身を持って感じ取ったのである。
 40歳を過ぎてしまった今、このまま結婚出来ないかもしれない。それならせめて悔いのない人生にしたい。誰にも迷惑をかけないようにすれば、不倫も有りと今では思っている。何せ、当の男性陣は陸に対して悪びれた様子はこれっぽっちも見せないのだから。
 陸はただ自分なりに不倫のルールを作った。
 秘密は絶対守る。
 家族の話題はしない。
 一方的に経済的負担をかけない。
 自分からは極力連絡しない。
 結婚は望んでいないことを、予めはっきり言っておく。
 これらのことさえ守れば、妻帯者との恋愛も可能なのだということは、本間との関係で立証済みだった。22へ

(上記小説は、カテゴリー{短編小説・つぶらなひとみ}の中の、小説・間口で連載中)

posted by hidamari at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説・つぶらなひとみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする