2008年07月07日

小説・目障りな女

bP2
 そんなことがあってからは、百合子は目に見えて生彩を失くしていった。少なくとも奈緒の前ではそうだった。総務課に行く度に耳に入った、これ見よがしの百合子の喋り声が聞えなくなった。
 奈緒はそれで満足だった。これ以上百合子にはかかわるまいと思った。もともと奈緒の知らない所まで関与するつもりはないのだ。
 ところが、百合子はその後、長年勤めた会社を退社したのである。
 それは突然のように見えたが、彼女にとっては予定通りの行動だったのかもしれない。いや、もしかしたら、奈緒の存在が、彼女にとっても目障りになったのかもしれない。
 とにかく、奈緒にとっては、ヘドが出るほど嫌いだった百合子が、目の前から消えていった。
 それは、飛び上がりたいほど喜ばしくて、ホッとすることだった。
 奈緒は百合子の退社を夫に知らせた。
 「山本百合子、退社したよ」
 「そー、年齢も年齢だし、でっかい持ち家もあるし、ここらで子育てに専念するんじゃないの。いい選択だよ」と、言った。
 正也は素直にそう思ったのだろう。彼女にもう何の執着もないのは分かっていた。それなのに、
 「へー、でっかい家なんだ、何でもよく知っているのね」と、つい皮肉を言ってしまった。
 過去のことを悪びれる風でもなく、さらーと受け応える正也が、奈緒にはやはり腹立たしいのだ。
 「そ、それはずっと以前から知っていたことだ」と、正也はあわてて弁解した。
 こうなると、何を言われてもますます腹がたつことは、奈緒に分かっていた。
 このことで蒸し返すのは止めようと決心しているのだ。もう百合子のことは何も言わないし、何も話題にするまい。
 時間がたてば、何もかも忘れてしまうだろう。
 正也とうまくやっていくためには、いやなことは全て忘れることしかないのはよく分かっている。
 目障りな女はもういない。
                      了

(「小説・目障りな女」は今回で終了しました)
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2008年07月01日

小説・目障りな女

bP1
 「そうですね。確かにもう終ってるんでしょうけど…、私を見ても何食わぬ顔をしているあなたを見ると、私イライラするんですよね」
 「……」
 「分かりました。ご主人には何も言いません。ただ、私が何もかも知っているということだけは覚えといて下さい。それに会社には他にも知った人がいますから…」
 奈緒は自分でも驚くほど、下世話な言い方をした。心のベールを剥がすと、こんなに殺伐とした言い方になるのだ。
百合子が総務課に来てから、奈緒は彼女の存在がずっと目障りだった。何とかギャフンといわせたかった。ただ、面と向かうと言い負かされそうだった。一つは奈緒より一回りは大きい体格に圧倒されるようで恐かったのかもしれない。それで電話という姑息な手段を使った。
百合子は電話の向こうでただ無言で通した。反論もしなかった。
奈緒からみるとうまくいったのかもしれない。
それなのに、決して気分のいいものではなかった。なぜなら、自分自身も卑しめられていくような気がしたのである。
それでもやはり、百合子との対決は避けては通れなかったような気がする。
奈緒は、自分をもおとしめたが、百合子に電話したことを後悔はしなかった。12へ

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2008年06月25日

小説・目障りな女

bP1
 奈緒が百合子の夫に電話をしようと考えたのは、何も今思いついたことではなかった。不倫が分かった時、すぐに考えたことだ。
 その時、夫の職場の住所録で、百合子の自宅電話番号も調べた。
 百合子の夫は警察官だった。それを知ったのは、奈緒が正也と、百合子の夫に電話するするなの言い争いの中で、正也がポロッと口にしたからだ。
 もし、百合子の夫が知ることになったら大騒ぎになるだろう。夫の正也が訴えられることもありうる。正也は年上の百合子が誘ったというが、それを、奈緒はもちろん信じてはいない。もし本当だったとしても、男と女の関係は、どっちが悪いということではないということくらい分かっていた。
 いろいろ考えると、百合子の夫には何も言えなかった。正直恐かったのである。彼が警察官という職業だったこともある。
 もちろん、今だって言うつもりはない。
 ただ、百合子をビビらせるのには、これが1番だと、はったりをかけただけだった。
 案の定百合子はビビッている様子だ。
「そ、それは困ります。終ってることですよ。絶対そんなことは止めて下さい」
 百合子は懇願するように絞ったような小さな声で言った。bP1へ

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2008年06月23日

小説・目障りな女

bP0
 「な、何でしょうか?」
 突然、不愉快そうな声に変わったのは、事態がただ事ではないことに気がついた証しだった。
 それでもまだ、半信半疑のような探るような声だった。
 「わたしが津山正也の妻だということ、ご存知ですよね」
 10歳年上の百合子に対して、奈緒は意識して、上から目線で毅然たる口調で話をした。
 下手にでたら、開き直られるかもしれない。やりあったら負けてしまう恐れも否めなかった。
 強気に出たのが功を奏したのか、百合子は完全に怯えている風だった。
 「ええー、上の原店ではご主人にはお世話になりました」
 「単刀直入に言いますけど、あなたが夫と不倫していたこと…、わたし知っているのですよ。夫が全て白状しました」
 「……」
 「あなた、わたしが知らないと思っていたのではないですか?」
 「……」
 「最近、わたし、貴方の態度を見ているとバカバカしくなって、……わたしだけ我慢しているのが」
 「はぁー」
 「あなたのご主人にもわたしの気持を分かってもらいたいと思ったの。それで……ご主人にお話ししようかと、……いいでしょうか?」bP1へ

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2008年06月21日

小説・目障りな女

bX
 奈緒は意を決した。
 その日、奈緒は土曜出勤だった。社員は殆んど店頭や外勤で事務所には奈緒1人残っていた。
 総務課は土曜日は休日である。百合子は自宅にいるはずだ。
午前中は業務に追われた。
 午後になるのを待って、奈緒はおもむろに受話器を取った。
 百合子とは、今までに1度も、会話どころか挨拶さえしたことはない。しかし、彼女だって奈緒のことを他の誰より意識しているはずである。
 電話口にでたのは、紛れもなく百合子の声だった。
 「もしもし山本百合子さんですよね。わたし津山ですけど」
 「あー、ハイ…」
 一瞬事態が把握できないのか、反射的にそうなったのか、はしゃいでいる時と同じようなテンションの高いはっきりした声だった。
 「突然電話したのは、あなたに言っておきたいことがあるので…」
 奈緒は努めて冷静に話し始めた。bP0へ

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2008年06月19日

小説・目障りな女

bW
 百合子に対して奈緒が身を細くする必要は何もないと分かっているのに、今まで極力百合子と顔を合わせるのを避けていた。
 いやでも夫と彼女の関係を想像してしまい、気分が滅入ってしまうからだ。
 しかし、総務課には経費の請求をするため、2日に1回は行かなければならなかった。
 奈緒はそんな時、百合子以外の社員と接触して用事を済ませるようにした。それも何か不自然で、奈緒にとって窮屈なことだった。
 それなのに、当の百合子は涼しい顔をしている。
 それは奈緒をより苛立たせることだった。
 正也との不倫がばれているとは露ほども思ってないのだろう。
 そうでなければこんなに堂々としていられる訳がなかった。
 例えばれていないと思っているとしても、普通の女性なら、良心の呵責に絶えかねて、奈緒の前でこんなに堂々と振る舞えるはずはないはずだ。百合子はいったい奈緒のことをどう思っているのか。
 奈緒は自分の事を侮辱されているとしか思えなかった。
 化粧室で目を合わせた時、はっきりそれを自覚した。
 このまま黙っている訳にはいかなかった。bXへ

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2008年06月17日

小説・目障りな女

bV
 奈緒は、正也の浮気を、既に済んでいることなら、今さら事を荒立てる気はなかった。
 ただ、自分がそれを掌握していることを相手に知らしめておく必要があった。
 それには、正也に包み隠さず告白させるしかなかった。
 そう簡単に白状しないだろうと覚悟していたのに、正也は、以外にもあっさり百合子と浮気したことを認めたのである。
 その後、幾分、夫婦仲はぎくしゃくしているものの、はた目にはなんら変わることはなかった。
 なにしろ、正也は、子煩悩だったし休みの日は家事もよく手伝うマメな男だった。
 浮気も若杉の電話がなかったら気がつかなかったくらいだから、奈緒は広い心を持って、何事もなかったものとして過ごすつもりであった。
 百合子の傍若無人な態度を目にすることがなかったら。bWへ

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2008年06月14日

小説・目障りな女

bU
 そんな時、本社で若杉にばったり会った。
 奈緒は思い切って若杉に尋ねてみた。
 「忘年会の夜、貴方が電話で言ったこと、今になってとても気になるの。夫が女性とどこかへ行ったっていうこと…」
 「ああー、…何でもないですよ、あの時僕酔っていたから、奥さんに変なこと言ってすみません。反省しています」
 「そんなこといいの、…ただあの頃夫が時々遅く帰ってきていたから浮気でもしたのじゃないかと…」
 「…でも、今はそんなことないのでしょう?」
 「そうねー、最近はあの頃のようにはないかも」
 「じゃあ、心配ないですよ。よしんばその頃浮気していたとしても、今はもう終ったことなのでしょ!相手にも家庭があることだし、お互い遊びだったんじゃないですか!」
 若杉は半ば正也の浮気を認めた言い方をした。
 「相手の女性は山本百合子さんですよね」
 奈緒はその時既に、夫にそれとなく聞いて、あの2ショット写真の女性の名前を知っていた。
 「ああ、忘年会の夜の相手はそうでした」
 若杉は簡単に口を割った。
 男同士かばい合うということもないのが、奈緒には以外だった。bVへ

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2008年06月11日

小説・目障りな女

bS
 写真のことは、あえて問いただすことはしなかった。
 たかがそんなことで疑うなんて、みっともないような気がしたのである。
 現に疑ってなどいなかったから。
 ところが、その年の暮れ、意外なことから、正也と百合子がただならぬ関係であったことが分かったのである。
 その夜、正也の職場の忘年会だった。深夜になって、正也から「これからまたみんなでもう一軒行くから遅くなる」という電話がかかってきた。
 こんなことに慣れている奈緒は、酔っている者に何を言っても無駄だと思い、「分かった」とだけ言って電話を切った。
 するとまたすぐ電話が鳴った。
 今度は同僚の若杉の声だった。
 「奥さん、ダメですよ、許しては…、ご主人はお尻の大きいお姉さんとこれからデートなんですよ。ほら腕を組んで、お尻をふりふり行っちゃいましたよ、いいんですか!」
 若杉も完全に酔っていた。
 「あら、若杉さん、酔っているんですね」
 「酔っていますよ、だから僕は帰ります。でも津山さんは好い所へ行っちゃいました」
 「若杉さんたら、変なことばかり言って…、じゃあ失礼します」
 その日、正也は明け方になってようやく帰ってきた。
 意外としゃんとしていたことが、みょうに気になった。
 そしてその後も、いろいろな理由をつけて朝帰りをすることが何回かあったのである。
 奈緒は、2ショット写真と若杉のことばが頭から離れないようになっていた。bTへ

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2008年06月08日

小説・目障りな女

bR
 山本百合子は今年の4月に上原工場から本社総務課へ転勤になったばかりである。上の原工場の販売店には奈緒の夫正也が勤務している。つまり、百合子は正也とは顔見知りだったわけである。
 本来なら、10歳は年下の奈緒の方が、百合子に対して、先輩としてしかも夫の元同僚としても、たてなければならないはずであった。
 しかし、奈緒にとって、彼女はそんな扱いをする女ではなかった。奈緒は、会社にとっても彼女はそれほど価値のある女だとは、思っていなかった。
 できれば、一生百合子には係わりたくなかった。会わなければ、永久に無視できた存在だったかもしれない。
 彼女が本社に転勤になったと聞いた時、いつかはこういう日が来るのではないかと危惧していた。

 奈緒が彼女の存在を知ったのは3年前だった。
 正也が、会社の慰安旅行の写真を数枚持って帰ってきた時のことである。
 見るともなしに見た1枚の2ショット写真が、奈緒はなぜか心に引っかかったのである。それはよくある宴会の席での、男が女の肩を抱いた写真だった。男は旅館の浴衣姿、女は派手なワンピース姿。一目で女が年上だということは分かった。ただ女は肉感的で奈緒が見ても圧倒されるようなインパクトがあった。男は夫の正也、女は、当時は奈緒が知るところではなかったが、後で正也から教えられて知った百合子だった。bSへ

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2008年06月04日

小説・目障りな女

bQ
 奈緒が手早く化粧を直していると、部屋の温度が上昇するような熱気とともに3人の女性が入ってきた。
 明らかに、その中の1人は他の2人より年嵩で、化粧も濃く、妖艶な色香を漂わせている。彼女の豊満な肉体からほとばしる熱気で室温が上がったように感じるのだ。
 「なーにあの係長、嫌味なことばかり言って!自分の失敗棚に上げてさ」
 「そーよ、私たちが残業までして助けてあげたからこそ、あそこまで出来たのに」
 「私たち独身だから残業大丈夫だけど、山本さん、残業の時、ご家族の夕食はどうされるんですか?」
 奈緒がいるにも係わらず、3人の女性は自分たちの世界で喋り続ける。
 奈緒はその年嵩の女が山本百合子だとすぐ気がついた。
 その瞬間、背中に虫唾が走った。
 百合子も奈緒がそこにいることに気がついたはずである。
 確かに、目と目が合ったのだ。
 奈緒は百合子がすっと身を隠すか、立ち去るだろうと思った。
 ところが、それどころか、これ見よがしに一段と得意げに喋り続けた。
 「私、旦那をちゃんと躾けてるの、私が仕事で遅くなる時は、食事の支度をしてくれるように。ただ、いざという時のために、いつもおかずは冷凍しているの」
 「わあー、山本さん、さすがですね」
 若い2人の女性は、百合子をおだてているのだ。
 奈緒はこの3人と親しく話したことはない。しかし仕事上では顔見知りである。
 3:1で奈緒は圧倒された。
 会釈して立ち去ったのは奈緒だった。
 3人組は完全に奈緒の存在を無視していた。百合子以外の2人は、奈緒のことを気に止めていなかっただけというべきだろう。
 百合子だけはそんなはずはなかった。
 彼女のその大胆不敵な態度が、奈緒はどうしても許せなかった。bRへ

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2008年06月02日

小説・目障りな女

 bP
 お昼休み、会社の化粧室は、女性社員がひっきりなしに出入りする。奈緒は、なるだけその時間、化粧室には近づかないようにしている。なぜなら、殆んどが顔見知りの女子社員同士、顔を合わせると立ち話をする羽目になるからである。特にお昼休みとなると長話になる。話の途中で立ち去る訳にはいかない。殆んどがくだらない他人の噂話になる。
 噂話など聞いて得することなど殆んどない。ただ、後味の悪い思いをするだけなのだ。
 だから、奈緒はお手洗いを済ませると、化粧直しはお手洗いの外の小さい鏡でさっと済ませることにしている。

 富田自動車は日本を代表する大手の自動車製造会社である。
 津山奈緒は今年32歳。富田自動車九州の販売課に勤務している。職場結婚して10年になる。
 夫正也は34歳、現在、上の原販売店に勤務する営業マンである。bQへ

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2008年05月28日

小説・測量士の恋

18
 2人の結婚は、周囲の誰1人として反対することもなく、スムーズに運んだ。
 光はあれよあれよと進んで行く結婚へのセレモニーに、少しばかりブルーになることもあった。果たしてこれでいいのだろうか。自分の運命があまりにも簡単に決ってしまうのに、ちょっと待ってよ、といいたい気持がなかったといえば嘘になる。
 しかし、世の中には結婚出来ないまま、中年になっている男性もいる。特に最近はそんな人が珍しくなくなっている。それを考えると、自分は幸せなのだ。結局、概ねは幸せな気持であることは、間違いなかったのだから。
 結婚式も新婚旅行も普通に行った。
 両方の親が金銭的にも補助をしてくれたので、新婚旅行はヨーロッパ1周としゃれこんだ。
 結婚生活に入って、初めて真佐子のことが分かった部分もある。彼女は完璧主義で全て自分の思った通りに物事を進めるタイプだったことである。
 結婚と同時に、今まで勤めていたコンビニを辞めて、天神にある社宅のそばのスーパーでレジのパートを始めた。子供が生まれるまで働くという。子供は3人欲しい。夫が45歳になるまでにはマイホームを購入する。等、事細かに計画を立てているようだった。
 毎日お弁当を持たせてくれるし、家事も完璧にこなす。なにより経済観念がことの外しっかりしているのだ。無駄使いはいっさいせず、スーパーでの買物も前もって下調べをし、合理的そのものだった。光の小遣いも3万円と決められた。もちろん、真佐子自身おしゃれもせず、ブランド品等とはほど遠かった。
 光はそんな真佐子が健気で、心から愛しいと思った。
 しかし、それと同時に、自分はもう真佐子が敷いたレールをただ走るだけの人生なのだと、ぞっとする思いもあった。
 ふっと、春風のように爽やかだった美鈴の笑顔が浮かんだ。
 あれは、きっと春の夜にみた夢の中の出来事だったのだ。
 光は、横で眠っている真佐子の安らかな寝顔を改めてしげしげと眺めた。
 「俺は君と一緒に幸せになるよ。これがきっと俺の運命だから」
                了

(上記は、小説・測量士の恋は今回をもって終了しました)

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2008年05月23日

小説・測量士の恋

17
 真佐子は光が入院している間、こまめに病院へ通った。
 最初は有難迷惑と思っていた光も、そのうち真佐子の来訪を心待ちにするようになっていた。
 なにしろ、入院生活は退屈だったし、ちょっとした用事、たとえばATMへお金の出し入れに行くのも、スポーツ新聞を買いに行くのもままならなかった。
 決った時間に真佐子が来てくれるのは、本当に助かったのである。
 しかも彼女は知れば知るほど良い娘だった。今時珍しく質素な生活態度だった。服装も身奇麗にはしているものの、決して派手ではなかった。それに決して無駄使いはしなかった。差し入れに持ってくるものは、ちらし寿司、煮物、サラダ等手料理を持ってきた。日曜日にはケーキも焼いてきた。
 また、クリーニングに出すのはもったいないと、汚れ物は自宅へ持って帰り、綺麗にアイロンを当ててくる。
 こんなに至れり尽くせりなら誰だって好きにならずにいられないだろう。
 しかも、真佐子はどこへ出しても恥かしくない美人ときていた。
 光は降って沸いたような女神の出現に、これは何かの間違いではないかと思うくらいだった。
 しかし、これが俺の運命だったんだ、と思うことにした。
 母親が2度目に訪ねて来た時、迷うことなく真佐子を紹介した。
 母親も当然、ひどく彼女を気に入った。
 退院が決った時、真佐子の両親は光を自宅へ招待し、退院祝いをしてくれた。
 光と真佐子は、普通の若者がするようなデート等をすることもなく、お互いに結婚を意識するようになっていた。18へ

(上記は、カテゴリー児童短編小説・つぶらなひとみ〈測量士の恋〉で連載中)
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2008年05月18日

小説・測量士の恋

16
 北田真佐子は光より3歳年上だった。
 ただ、パーマを当ててない黒髪は耳が隠れるくらいの長さで、女学生のようにも見える。とても28歳には見えなかった。
 しかも、目鼻立ちがはっきりした理知的な美人である。
 当然、言い寄ってくる男性はいる。しかし、真佐子はそんな男性には見向きもしなかった。
 決してお高くとまっているわけではないのだが、心が動くことがなかったのだ。
 そんな真佐子の前に現れたのが光だった。
 一目見て心が動いた。そんなことは初めてだった。
 それなのに、今度は相手から無視された。まともに顔も見てもらえない。
 真佐子は、まず自分の存在を知らせたかった。
 そのためにいろいろな手立てを考えた。例えば、彼がいつも買うコロッケ弁当は人気商品だった、売り切れそうになると、そっと確保して、彼が来た時点で「いつものですか?」と何食わぬ顔で差出したりした。先にきた仲間は「あれ、コロッケ弁当まだあったの」と、不思議がった。
 光に対しては、笑顔も精一杯振り撒いたし、ことばもいっぱいかけた。
 それでも、光は真佐子の好意を一向に気がつく風ではなかった。
 そんな時、彼が骨折して、近くの病院に入院していることを知ったのである。
 こんな良いチャンスを逃す手はなかった。自分でも驚く行動力だった。これがきっと恋というものだろう。17へ

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2008年05月12日

小説・測量士の恋

15
 真佐子が病室へ訪ねてきた時、最初はてっきり部屋を間違えたのだと思った。
 彼女は花束を持っていきなり「こんにちは、具合はどうですか」と言って、部屋へ入ってきた。
 光は、真佐子のことをまんざら知らない訳ではなかった。なにしろ毎日のようにお弁当を買いに行っているので、自然に顔だけは覚えてしまったのだ。ただそれだけのことだった。光を見舞いに来るとは思えなかった。
 「ああ、君はコンビニの…、どなたか入院しておられるのですか?」
 よく確かめもせずに他人の部屋へ入ってくる無神経さに、あまりいい気はしなかったが、よくあることだと諦めて、大目に見て穏やかに対応した。
 「いいえ、星野さんのお見舞いに…。突然でごめんなさい」
 「えっ!俺の…、でも何で」
 「あなたが最近お弁当を買いにいらっしゃらないので、気になっていたの。それで工事現場の人が買物にいらっしゃった時に、思い切ってお聞きしたの。星野さんはどうなさったのですかって。ああーあなたのお名前は作業服にネームが入っているでしょう。だから前から知っていたんです」
 「そうですか。それはどうも」
 光は頭の中で(これはいったいどういうことだろう。個人的に話したことはないし、こちらは彼女の名前も知らないのだ。名札をしているのかもしれないが、気を付けて見ていないので記憶がない。でも、彼女は俺のことをずっと気に掛けていたというのか)などと瞬間的に思いを巡らした。
 それにしても、どういう顔をすればいいのだ。
 ただ、悪い気はしなかった。いや、ちょっと嬉しかった。それが彼女を初めて意識して見た第1印象だった。16へ

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2008年05月08日

小説・測量士の恋

14
 光は隣で眠っている真佐子の安らかな寝顔を見ると、とても不思議な気持になる。
 つい最近まで、というか半年前までは、まさか自分がこんなに早く結婚するとは思っていなかった。
 結婚している自分を想像すらしていなかった。
 結婚したいなどと考えたこともなかった。
 光は、北田真佐子と結婚したことを決して後悔している訳ではない。それどころか、今とても幸せなのだ。
 真佐子と初めて会った時のことを、光はあまりよく覚えていない。
 昨年の4月から約2ヶ月、光は福岡市郊外を通る国道で測量の仕事をした。
 その間、国道沿いのコンビニでお昼の弁当を買うことが多かった。
 そのコンビニのレジに真佐子がいたのである。
 元々人見知りで恥かしがりやの光は、若い女性をマジマジ見ることはまずなかった。
 その頃、美鈴の初々しい姿に魅了されていた時期でもある。毎日、風のように通り抜けるだけの存在だった美鈴を、あかず眺めていた。それで心が癒されていた。
 彼女と会わなくなって、気が抜けたわけではなかったが、光は連休明け、初夏のような暑さの中でふとした気の緩みで、段差のある工事現場で足を踏み外したのである。大したことはないと思っていたのだが、右足首の骨が折れる大事に至っていた。
 救急車で運ばれたのが工事現場から近い救急病院だった。そして、そのまま約1ヵ月間入院する羽目になってしまった。
 何しろ右足は吊るされた状態で固定されていた。
 宮崎から母親がかけつけてきた。3日間は看病してくれたが、完全看護ということもあり、その後心を残しながらも帰っていった。
 そんな時、突然、病院に現れたのが真佐子だった。15へ

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2008年05月04日

小説・測量士の恋

13
 「相手、誰なの?」
 誰だと思う?と聞かれると誰なのか知りたくなる。
 「ほら、バス停の先にあるコンビニ、あそこのレジにいた北田さんよ。彼女美人だものね」
 小鈴は、彼女美人だものね、というところを強調した。
 美人ということで、納得している風だった。
 「そういえば、レジに新しい人がいるから、北田さんどうしたのかなとは思っていた。結婚したんだ。へー星野さんと…」
 「星野さん、かっこよかったよね。ミーにも優しかったんでしょう?でも、北田さんと結婚するなんてね」
 「そうねえ、まさかこの町の人とこんなにすぐに結婚するなんて、思っていなかったよねぇ。だって星野さん宮崎の人なんだよ。ていうことは、ここで運命的な出会いをしたっていうこと?」
 「そうだよ、素晴らしいといえば素晴らしいけど、…ちょっとがっかりだよね。ミーは、そう思わない?」
 「うん、星野さんて遠い人と思っていたけど、北田さんをよく知っているから、えらい近場に降りてきた感じがする」
 「でも、住いは天神だって。星野さんの会社の社宅だって」
 「そうか、どっちにせよ、やっぱ遠い人なんだ。…こー姉ちゃん、詳しいんだね」
「うん、客のオバサンがレジの人に北田さんのことを根ほり葉ほり聞いていたのを、側で聞いただけなんだけどね」
 美鈴は、星野さんがあれからすぐ、北田さんと運命的な出会いをして、恋に落ちたんだと思った。
 その出会いが、美鈴たちが住むこの田舎町だったことが、不思議でちょっと嬉しくもあったのである。14へ

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2008年05月01日

小説・測量士の恋

12
 1年後。
 美鈴は中学2年生になっていた。
 身体つきが一回り大きく成長しているので、1年前とはずいぶん感じが変わった感じである。身長が5cmは伸びているだろうか。きっと155cmくらいには達していると思われた。
 姉の小鈴は私立の女子高に進学していた。
 その小鈴が学校から帰ってくると、既に下校して居間でテレビを見ている美鈴に、曰くありげな顔で言った。
 「ねぇーミー、星野さん結婚したんだってよ」
 美鈴は家族の間ではミーと呼ばれている。
 「えっ!測量士のおにいさんが?」
 「そうよぉー、相手誰だと思う?」
 美鈴にとって光は、もう遠い存在の人で何の関係もない人だが、彼のことは鮮やかに覚えているし、思い浮かべるだけでなぜか幸せな気持になれた。
 それに、あの時撮ってもらった写真がとても気にいっていたので、勉強の合間に、机の引き出しから取り出しては、自分の写真をつくづくと眺めることもあった。
 写真は、あの日、帰ってすぐ家族に見せた。
 父親も母親もそのことについてはさして何も言わなかった。
 ただ、姉の小鈴だけは、「あの人、ミーのこと好きなんじゃない?でないとこんなにたくさん写真撮るはずないでしょ。私のもスー姉さんのもないんだもの」と、ちょっと不満そうだったのである。
 その小鈴がどこからか情報を掴んだらしく、いち早く美鈴に知らせたかったものと思われる。13へ

(上記は、カテゴリー児童短編小説・つぶらなひとみ〈測量士の恋〉で連載中)

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2008年04月28日

小説・測量士の恋

11
 美鈴はいつもの時間に帰ってきた。
 「こんにちは」
 いつものように明るい笑顔だ。
 光はその笑顔に背中を押された。
 「お帰り。俺ら今日でこの現場終わりなんだよ」
 「そうなんですか」
 こころなしか、美鈴は寂しそうな目をした。
 「元気でいろよ。それからこれ、仕事の時、君の姿がレンズに入ったんで、ついシャッター押したんだ。よかったらあげるよ」
 ことさら何でもないように、軽く言った。
 「えっ!ホントですか!見せてください」
 そういうと、美鈴は光の手から素早くアルバムを取り、シゲシゲと見ている。
 光が悩むほどではなかったのかもしれない。ただ無邪気に喜んでいるのだ。
 「これ、ホントに貰ってもいいんですか?只で?」
 「もちろん、もちろん」
 「有難うございます。…じゃあ、お兄さんもお元気で。来週からは向こう?」
 と、手をバス停の方へ向けて言った。
 「そうだよ。…じゃあな!」
 「さようなら。これ有難う」
 美鈴は、アルバムを高く持ち上げた。
 喜び勇んで帰る美鈴の後ろ姿を、光はしばらく見送っていた。
 そして、渡して本当によかったと、思ったのである。12へ

(上記は、カテゴリー児童短編小説・つぶらなひとみ〈測量士の恋〉で連載中)
posted by hidamari at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説・つぶらなひとみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする