2007年12月03日

小説・優しい背中

26
 会社では当然何ごともなかったように2人は接していた。支社長と一社員としての会話はあっても、プライベートなことは、今まで通り一切話さなかった。
 そんな日が続くと、あの目くるめく夜の出来事が現実だったことが、信じられなくなることもあった。あれは、もしかして本当に夢の中の出来事だったのではなかろうか。目の前の支社長はあまりにもりっぱで、あまりにもかっこよく、とうてい自分などは相手にしてもらえるような男性ではないと思えるのだった。
 ただ、朝の儀式だけは、その後も変わらず行われていた。
 出社時、斜光の中にさっそうと現れる柴谷は、絵里子をじっと見つめながら近づき、一瞬にっこり笑って「おはよう」と言う。絵里子はそれだけで、十分満足だった。
 社内で柴谷の背中を目にすることもある。そんな時、走っていってすがりつきたい衝動にかられる。そんな自分が恐くて、なるだけ背中は見ないような努力もしていた。
 絵里子は最近、周りの、特に年上の男性に
 「大城さん、最近、綺麗になったね。輝いて見えるよ」としきりに言われるようになった。
 その日、絵里子は支社長室で取引先の会社専務と商談をしていた。
 「大城さん、恋でもしているんじゃないですか?とても色っぽくなったように感じるよ」と、その専務はあからさまに言った。
 あきらかにセクハラだと思った。しかも側には柴谷も同席しているのだ。絵里子の心の中は恥ずかしさと怒りが渦巻いていたが、
 「あら、分かります?やっぱりね。実は専務さんに…」と、その場を笑って受け流した。
 専務は、
 「ああ、私にですか。それは嬉しいね」と、まんざらではない様子をした。
 絵里子は、側にいる柴谷の反応がずっと気になっていた。
 専務の言ったことを聞いて、嬉しいのだろうか。それとも不愉快なのだろうか。
 当の柴谷は、口を挟むでもなく、笑うでもなく、静かに書類に目を通していた。27へ


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2007年12月01日

小説・優しい背中

25
 ホテルの中では、柴谷はそれなりに優しかったが、絵里子は、自分の柴谷に対する熱い想いに比べると、微妙に温度差があることを、彼の言葉の端々に感じ取っていた。
 「僕たち、こうなっちゃった以上、思いっきり楽しまなくっちゃね」
 と言いながら、柴谷は
 「こっちへおいで」と、絵里子をバスルームへ誘った。
 絵里子は、その時、柴谷が脱いだスーツをハンガーに掛けてロッカーにしまっていた。次に、床に脱ぎ捨てられたトランクスをたたもうとして、しばしためらっていた。そんなことをする、所帯じみた自分がいやだったこともあるが、やはりそこまでしては駄目だろう、という後ろめたい気持ちが強かったのである。考えた末、ソファーにそれとなくかけておいた。
 そのあと絵里子はスリップになり、ゆっくり柴谷が待っているバスルームへ入った。
 絵里子には、何もかも始めての経験だった。しかし、そんなことはおくびにも出さず、柴谷が成すがままに平然と従った。
 どんなに不埒で恥ずかしいことも、意外と平気で出来ることが自分でも驚きだった。
 気がつくと部屋の中は、バスルームばかりはなく、天井も壁も至る所に鏡が施されていた。
 こんなのが、自宅の部屋だったらずいぶんと落ち着かないだろうな、とそんなことがふっと、絵里子の頭をよぎっていった。26へ

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2007年11月29日

小説・優しい背中

24
 柴谷は絵里子をぎゅっと抱きしめると、耳元で囁いた。
 「いいよ、これから行こう」
 絵里子は、まさか今夜これからとは、決して希望していなかった。なのに、口から出た言葉は
 「えっ、いいんですか?本当に!」だった。
 本当は、こんなに遅くからでは、帰るのはいったい何時になるのだろう、という不安が先立った。それに、明日はいつものように出勤しなければならない、娘のお弁当も作らなければならない、こんなことをしてる場合ではないのだ。
 ―早く帰らなければ―
 しかし、そんなブレーキが働いたのはほんの一瞬だった。
 何より喜びに舞い上がっていた。柴谷とのドッキングが叶うのだ。
 今夜を逃しては、2度とこんなチャンスは巡ってこないような気がしたのである。
 絵里子は完全に恋する乙女に変身していた。
 自分の運転する車で、助手席の柴谷に誘導されるまま、夢のお城に自ら入っていったのである。
 1歩足を踏み入れると、そこは、まるで龍宮城のようだった。きらびやかで、思っているのとは違って開放的で広々とした空間だった。
 絵里子は柴谷が雑に脱いだ靴を丁寧に揃え、ちょっと離した位置に自分の靴を揃えて置いた。並べて置くには、なぜかはばかられるところがあったのだ。

 柴谷の背中が目の前にあった。
 その広い優しい背中に触れたい気持ちを、絵里子はどうしても抑えることが出来なかった。
 夢中ですがりついた。
 柴谷は振り返って絵里子の肩を静かに離した。
 そして、
 「そんなに慌てないで」と、言った。25へ

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2007年11月27日

小説・優しい背中

23
 歓楽街を抜けて橋を渡ると、急に辺りは暗くなった。夜ふけの商店街はひときわ静まりかえっていて、1人で歩くのは恐いくらいだった。しかし、2人だとその静けさが返って気分を高揚させた。駐車場までは10分も歩けば届く。
 絵里子は、解放された小鳥のように、柴田に腕を絡ませたりして、スキップせんばかりにはしゃいでいる。きっと、年齢を忘れているのだろう。
 柴谷は焦っていた。このまま、終わりにすべきか、この先進むべきか。
 柴谷は、もともと酒は強くない。既に酔っている自覚はあるが、思考力は十分残っていた。
 ダンスは出来ないと言いながら、絵里子は、チークダンスを何の臆することなく受け入れた。これは、完全に男に身を任せてもいいというアピールだろう。いや、もともと、最初から、彼女にはその意思があって、自分を誘ってきたのだ。それが分かって乗ってしまったことを、柴谷は今になって少し後悔していた。
 身辺を整理しようと思っていた矢先に、またやっかいなことを抱えるのはうんざりだと分かっているのに、どうしても乗らずにはいられない、いい加減な性格だった。
 そして、ここまで来たら、行くしかないか、何とかなるだろうと思ってしまうのが、柴谷のいつもの悪い癖だった。
 絵里子は今まで付き合ったことのない女性のタイプだ。知的で、自立性があって、男性に妙に媚びをうるようなことをしない、と思っていた。年上だが、それを意識させないかわいさもある。仕事も出来る。
 多いに興味があったが、人妻だということで、柴谷の中では、恋愛対象としては鼻から考えていなかった。
 それゆえ、あくまで、部下として、接していたつもりだった。
 柴谷は、ポリシーとして、人妻だけにはずっと手を出さないできていたのである。
 ただ、どこかに、甘い誘惑があったのも事実だった。しかも、絵里子はとてもアクティブだった。
 ビルの谷間に小さな公園があった。公園の外灯でその周辺は明るかった。
 絵里子が急に立ち止まって、柴谷の腕を引っ張った。
 「ねえー、次に会う時は、2人っきりでずっと過ごしたい。ドッキングしたいもん」
 外灯の、薄明かりの下の絵里子は、妖艶で、その目は潤んで見えた。柴谷は思わず絵里子を抱きしめていた。24へ

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2007年11月25日

小説・優しい背中

22
 柴谷は自分が父親となんら変わらないことに、苦笑いをせざるをえない。
 母親を悲しませていた父親を柴谷は好きではなかった。 柴谷の父親は、不動産業を手広く行っている。確かに出張が多く忙しい身ではあったが、めったに家に戻らない時期もあった。外に女性がいたのだ。当時、母親はいつも暗い顔をしていた。父親は今でこそ、そのような元気はないが、長い間、母以外に常に女性の影がちらついている人生だった。
 それを間近に見ていた柴谷は、結婚したら、自分は、家族を悲しませるようなことはするまい、と密かに誓っていたのだ。
 しかし今になると、紛れもなく自分は父親の血を受け継いでいる、と思えるのである。
 丸山桃子と転勤を機に別れようと思っていても、どうしても切ることが出来ない自分。
 今でも知らず知らず電話をかけてしまうだらしない自分を、これは、きっと血のせいだと思っている。
 柴谷は最近父の気持ちが分かるようになった。父がそれなりに家族のことも大切に思っていたのではないかということ、そのことは、自分と照らし合わせて分かったことである。
 柴谷は、桃子は、あくまでも、外の女性だと心得ている。
 妻の美佐は当然桃子の存在は知らない。
 福岡には、家族同伴で越してきた。福岡は、美佐が生まれ育った所なのだ。実家には美佐の両親が健在である。従って美佐はこの転勤を多いに喜んでいる。
 柴谷は、これを機に、身辺を奇麗に整理しようと本気で考えている所だった。23へ

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2007年11月23日

小説・優しい背中

21
 席に戻ると、「お2人さん、いいムードだったわね」と、ママが2人をからかった。客は全員後向きだが、唯一カウンターの中のママには、見られていたのだ。
 「すみません」としか言いようがなかった。
 「ううん、別にいいのよ」と言っただけで、それ以上ママは何も言わなかった。
 「君も何か歌えよ」と柴谷は、空気を変えるかのように絵里子に言った。
 もじもじするのは性に合わない恵理子である。
 「古い歌だけど、1度だけなら≠歌っていい?」
 「へー、意味深だね」と言いながら、ママはカラオケのリモコン番号を押した。
 絵里子は、野村真樹の、1度だけなら、を自分なりに上手に歌えて満足だった。
 時計を見ると、いつの間にか11時になろうとしていた。急に、現実に引き戻された。
 帰らなくては、と思った。
 柴谷は、すごく楽しそうに飲んでいる。帰ろう、なんて言えなかった。
 「すみません、私先に帰ります」
 柴谷をそっとつついて言った。
 「まだ、11時だよ。まだいいじゃないか」
 案の定、柴谷は帰りたくなさそうな顔だった。
 「支社長はまだいらして下さい。そのかわり、ちょっと外まで送って!」と、すんなりと言えた。
 絵里子は、ママに「御馳走様でした」と丁寧に言うと、1人でお店の外へ出た。
 柴谷が送ってくれるか、自信がある訳ではなかった。でも、代金を払っておきたかった。軍資金を払うと言っていたのを忘れていなかった。
 柴谷は、絵里子があれこれ考える間もなく、絵里子を追ってすぐさまお店から出てきた。
 「すみません。お呼び出しして。代金を支払っておきたかったの」
 「何言ってるんだ、そんな心配いらないよ。さあ帰ろう」
 「えっ、帰ってもいいんですか。私のためならいいんですよ」
 「1人で帰すわけいかないだろう、送るよ」
 「じゃあ、駐車場まで。その代わりこれ取って下さい」
 絵里子は1万円札を柴谷に手渡した。が、何度渡しても柴谷は受け取らない。しつこくするのも失礼だと思い、絵里子は渡すのを諦めた。
 「今夜はどうも御馳走様でした」と頭を下げた。22へ

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2007年11月21日

小説・優しい背中

20
 柴谷には、同じ年齢の妻と、長女10歳、長男8歳の子供がいる。家族をそれなりに愛していた。妻とは同じ大学の同級生同士で、大学を卒業してすぐ結婚した。長いこと子供が出来なかった。
 すっかり子供のことは諦めた時、ゴルフ仲間の女性丸山桃子と関係を持つようになった。桃子はその頃まだ27歳だった。裕福な家の1人娘で、おっとりしたおとなしい娘だった。眼鏡をかけていたが、眼鏡を取れば大きな目で愛くるしい顔をしていた。
 ゴルフ仲間は、年輩の会社社長夫婦と、やはり年輩の男性既婚者、それに柴谷と桃子の5人だった。必ず5人が揃うということはなかったが、年に1度はゴルフ場のある所へ、1泊旅行に出かけることもしていた。
 妻が、たまたま社長夫婦をよく知っていたことで、柴谷が毎週ゴルフをすることも、旅行することも、何のわだかまりもない様子だった。いつもたんたんと送り出してくれた。
 桃子と関係を持つようになってから、妻が妊娠したのは、怪我の功名というか、瓢箪から駒が出たようなものだった。立て続けに2人の子宝に恵まれた。もし、桃子のことがなかったら、妻との間には一生子宝には恵まれなかったような気がしている。
 他の女性と関係を持つことが、妻の妊娠を誘発することに、医学的な根拠があるのか、ないのか分からないが、柴谷は絶対何かあると信じている。
 そう信じることによって、妻に対する罪の意識を軽減させているのかもしれない。
 桃子に対しては、さすがに不憫に思い、さんざん結婚するように勧めた。もちろん、桃子の両親は必死で見合いを勧めているようだった。桃子は、その気がないのか、一向に結婚する気配がない。
 柴谷に怒ることもせず、その後も柴谷と関係をもち続けた。それは、福岡に転勤するまで続いていた。21へ

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2007年11月19日

小説・優しい背中

19
 柴谷は自信がありそうだった割には、それほど歌は上手くなかった。絵里子にはそれが返って好感が持てた。少しでも欠点がある方が柴谷を近くに感じることが出来た。
 柴谷が歌い終わると、他のグループの男性がマイクを持った。代わる代わる次々にマイクが渡った。柴谷は3曲歌った。
 「踊ろう」
 突然柴谷が絵里子の腕を掴んだ。
 思いもしないことだった。
 なぜなら、室内は人がやっと通れるくらいの狭さだったからダンスする状況ではなかったのだ。ただ、2階への上がり口に、辛うじて、畳1枚半くらいのスペースがあった。2階が住いになっているような感じの、作りになっていた。
 絵里子は、本当は踊りたかった。でも悲しいことに踊れなかった。踊れないことで、今までにもどれほど残念な思いをしてきたことか。かつて、あまりにしつこく誘われるので、思い切って応じたことがあった。しかし、あまりに相手の足を踏むので、その相手に、「悪かったね」、と途中でダンスを断念されてしまった。その時ほど惨めだったことはない。それから、どんなに誘われることがあっても、応じることはしなかったのである。
 それなのに、柴谷の誘いをどうしても拒めなかった。
 どうにかなる、と思ってしまった。
 柴谷の広い胸に抱かれてみたい、という衝動がとっさに沸いてきて、それをもう諦めることが出来なかった。
 「私、踊れないのですが、いいですか?」
 「ここで正式に踊れるわけないし、僕に任せて」
 柴谷は、優しく絵里子の肩を抱くと、曲に合わせて、適当にステップを踏んだ。不思議と絵里子の身体は、柴谷に誘導されるままにスムーズに動いたのである。
 客の1人がスローな曲を歌っていたが、何の曲か頭に入らなかった。ただ、柴谷の身体のぬくもりが、自分の胸に伝わってくるのを、絵里子は夢見心地で味わっていた。
 いつのまにか、自分から身を寄せて、こともあろうに顔まで胸にうずめていた。柴谷が身体をしっかり抱いてくれるのをはっきり感じ取った。自分の身体がもはや自分のものではないように、ゆらゆらと宙をさまよっているのを感じながら、絵里子は、夢なら覚めないで欲しいと願った。20へ

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2007年11月17日

小説・優しい背中

18
 スナック碧はカウンターだけの、奥行きの細長いお店だった。
 「行こう」と柴谷が先に立って案内してくれたので、柴谷が行きつけのお店なのだろう。しかし、福岡に転勤して4ヵ月足らずなのに、既にお馴染みさんみたいなママの態度が、絵里子にはどうしても解せなかった。それにママの年齢も全く見当がつかなかった。彼女だけでなく、スナックのママの年齢ほど分からないことはない。絵里子が常々感じていることだった。自分が年上か年下か分からない絵里子は、たいていママの方を上だと勝手に決めて、接することにしていた。
 「いらっしゃい、柴谷さん。今日は可愛い人と一緒なのね…」
 ママはおしぼりを手渡しながら、意味ありげな笑いを浮かべた。
 「会社の総務企画の人だよ」と、柴谷は絵里子を、そのままママに紹介した。
 「よろしくお願いします」
 絵里子は、ペコンと頭を下げた。可愛い人ということばには、悪い気がしなかったが、それ以降、殆んど絵里子の存在を無視するようなママの態度は、あまり感じのよいものではない。
 柴谷も「何がいい?」と、飲み物を聞いて絵里子の所望どおりウーロン茶を注文してくれた以外、絵里子にあまりかまうことはせず、ママとばかり喋っていた。
 絵里子は、飲みに来たのに、お酒は飲めなかった。車に乗ってきていたのだ。郊外に住んでいる絵里子は、車がなければ不安でたまらない。特に夜遅くは公共の乗り物は無いに等しい。タクシーを使えば相当な金額になる距離だ。今夜も絵里子は迷わずマイカーで来たのだ。車は大和生命ビルの側の駐車場に預けていた。
 馴染みらしき客がどんどん増えてきた。ママは忙しくなり、柴谷はやっと絵里子に話し掛けてきた。
 「せっかく飲みにきたのに、お酒が飲めなくて残念だね」
 「いえ、車がないと身動き出来ないし、それにお酒あまり好きではないの」
 「じゃあ、なぜ誘ったりしたの?ご主人と喧嘩でもした?」
 「とんでもない。夫とうまくいっていなかったら不安でこんなこと出来ません。ただ支社長とデートがしたかっただけです」
 「ふーん、大胆なんだね」
 「意地悪!」
 絵里子は、甘ったるい声で言うと、腕で軽く柴谷を小突いた。自分にこんな媚びた態度が出来るなんて思っていなかった。しかしそれは自然に出た行動だった。
 「カラオケやろう、僕、何でも歌えるから。君が好きな歌、歌うよ」
 「ホントですか、じゃあ、古い歌ですけど、裕次郎のブランデーグラス」
 ママがさっと聞きつけて、カラオケをかけた。
 狭い室内は、柴谷の声が響きわたったが、他の客は気にすることなく、それぞれ自分たちのグループで盛り上がっていた。19へ

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2007年11月15日

小説・優しい背中

17
 普通は入口にあるレジが、この喫茶室は室内の中央に位置している。その中央のフロアーは円形で、それを取り囲むように個室があった。その個室の入口はオープンになっているので、見ようと思えば個室のテーブルを見ることが出来た。
 絵里子は、その中央のレジへつかつかと歩いて行った。
「待ち合わせしていた人が、この後来るようなことがあったら、……」
 そこまで言って、ふっと横に目が行った。空気に導かれて目が行ったとしか言いようがない。
 なんと、目が行った先に居たのは柴谷だった。柴谷が、もくもくとパスタらしきものを、ほおばっているではないか。おいしそうなワインも。いったいどういうこと?
「あら、支社長、こんな所に…」
 絵里子は思わずそう言った。
 レジの女性は事態が分かったのか「良かったですね」と、にっこり笑った。
 1度は諦めた柴谷とのデートだったので、その時の安堵感はひとしおだった。すっかり舞い上がった状態で柴谷の横に駆け寄っていた。
 「なんで、こんな所に? 私、入口の側のテーブルでずっと待っていたんですよ」
 「じゃあ僕の方が先に来たんだね。君、もう来ないかと思って、食事して帰ろうとしていた」
 柴谷は何ごともないように応えた。
 「そうだったのですか。私より先に来られるとは思ってもみなかったので…、探そうとしなかった私が悪かったのですね」
 「君、何か食べる?」
 「いえ、食事は家で済ませてきました。今コーヒー飲んでいたの」
 もちろん、夕食はとっているはずなかったが、胸が一杯で食事どころではなかった。
 そこへウエートレスが入ってきた。
 「何かご注文ありますか?」
 「いえ、すみません」
 「やはり、あなた方がお互いの待ち合わせの相手だったんですね。そうではないかと思っていたのですが、聞くに聞けなくて」
 と、申訳なさそうな面持ち半分、興味本位の面持ち半分の感じで言った。
 絵里子は、言ってくれればよかったのに、と思わないではなかったが、そんなおせっかいおかしいでしょう、という感じもあったので、「ふふふん」と笑って済ました。18へ

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2007年11月13日

小説・優しい背中

16
 絵里子はドアが開く度に、今度こそは、と胸を躍らせて入口へ目をやった。その都度裏切られた。待ち合わせの6時は15分過ぎていた。待たせるのは悪いと思い、15分前にこの喫茶室に入っていた。かれこれ30分待っていることになる。
 外から見るより室内は広々としており、テーブル毎に個室のしゃれた喫茶室だった。個室の入口はオープンになっているので、室内をある程度見渡すことも出来るが、夫々の個室の中は近くまで行かないと見ることは出来ないようになっている。
 絵里子は、柴谷が自分を探すのが容易でないと思い、入口のすぐ側の個室のテーブルに座っていた。そこからは、 入口を見ることが出来た。
 時計が6時30分を指した時、恵理子はやっと、もしかしたら、すっぽかされたのでは、という思いを持つに至った。携帯の番号を聞くほどの間柄にはまだなっていない。連絡のしようがなかった。昼間会社に出ていない絵里子には、今日の会社の様子は分からない。何かのっぴきならない社用が出来ているとも考えられた。
 朝から気合を入れて家事をこなし、夕食の準備も怠り無くやり、後を娘に託して、家を出てきていた。
 「ママ、何か嬉しそう」と言う里美に、
 「企画がうまく通ったので、みなで慰労の飲み会をするのよ、嬉しいに決ってるでしょう」と、何とか取り繕って娘のするどい視線をかわした。そんな苦労も水の泡となるのだ。
 早く帰るのもしゃくにさわる。映画でも観て帰るしかないなあ、としょうもないことを考えていた。
 お気に入りの、ベージュのシルクのワンピースが、急にみすぼらしく感じた。絵里子にしては、化粧も念入りにし、精一杯おしゃれしていたのである。17へ

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2007年11月11日

小説・優しい背中

15
 「お帰りなさい。今からお仕事ですか?」
 絵里子は、努めて平静を装ったつもりだが、身体全体が喜びを表していた。
 「いや、資料を置いて、決済文書に目を通したらすぐ帰る」と、言う柴谷の言葉は耳に入らなかった。
 絵里子は、厨房コーナーでコーヒーを入れるのに一生懸命だった。熱いコーヒーを出したら、きっと喜んでもらえると、とっさに取った行動だった。
 コーヒーを差し出す手が震えているのが、恥ずかしかった。
 それなのに、絵里子の口からは自分でも信じられない大胆な言葉が、発せられたのである。
 「支社長、今度一緒に飲みにいきませんか?」
 いきなりの申し出に、柴谷は、目を丸くした。
 「えっ!2人で?」
 「お暇の時にいいですから」
 「でも…」
 「大丈夫です。軍資金なら私が持っていますから」
 絵里子は、柴谷がお金がないから渋っているとは思わなかった。ただ、そう感じていると思って欲しかった。そうでなければ、そんな失礼なことは言えないのだ。
 お金の負担をかけたくない、それだけだった。
 「…それくらいの金、僕にもあるんだけど…」
 絵里子は、どこからこのエネルギーが出てくるのか不思議なくらい、積極的に押し続けた。
 「来週、私、公休日があるんです。水曜日ですけど、その日、私、夕方天神へ出てきます。会っていただけませんか?」
 一気にそこまで言っていた。不思議と、断られる気がしなかった。
 案の定、「いいよ」と、何ごともない口調で、柴谷はokしたのである。
 「大和生命ビルの1階に喫茶室があるのご存知ですか?」
 「ああ、あの10階建ての白いビル、知ってるよ」
 「そこで6時に待っています」
 「分かった」
 柴谷も、さすがに緊張した面持ちで応えた。
 前もって落ち合う場所を考えていたわけではなかった。何もかも咄嗟に判断したことだった。無我夢中の中で、絵里子は一途に恋する女に変身していたとしか言いようがなかった。
 柴谷の、分かった、という言葉で、絵里子は我に返った。とたんに、急に居たたまれなくなった。
 机の上をあたふたと片付けると、「お先に失礼します」と、言ってオフィスを飛び出していた。16へ

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2007年11月09日

小説・優しい背中

14
 販売促進会議に向けて、絵里子はこのところ資料作りに追われていた。
 その日、絵里子は帰り時間を気にしながらも、けりがつくところまでと、パソコンを打ち続けていた。気がつくと、社員は誰も残っていなかった。
 柴谷は昨日から東京本社へ出張している。今日までの日程なので、直接自宅へ帰るのだろう。オフィスへは顔を出さなかった。
 柴谷のいない職場は、何かもの足りない気もするが、絵里子には、それが返ってリラックスでき、その分、仕事に打ち込むことが出来た。柴谷に特別な感情を持つまでは、いつもこんな風にリラックスして仕事が出来ていたのに、と絵里子はその頃のことを懐かしく思い出す。だからと言って、どちらがいいかというと、不自由でも、やはり柴谷のことを常に意識している方だ、とはっきり思うのだった。

 やっと、仕事の目途がついた時は、午後7時を回っていた。
 その時、オフィスのドアが開いた。
 「君だったの。てっきり閉まっていると思って来たら、電気がついていたから…、誰だろうと思っていたよ。ご苦労さん」
 と、言いながら入ってきたのは柴谷だった。アタッシュケースだけを下げていた。
 絵里子は、不意の侵入者に息が止まるほど驚いた。それが、オフィスに戻るとは思っていなかった柴谷だったことが、2度の驚きだった。
 しかし、ふっと、このシチュエーション、天からの恵みのような気がした。
 胸の鼓動が、ドックンドックンと、外に聞えるように波打ち始めた。15へ

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2007年11月07日

小説・優しい背中

13
 6月は梅雨の時期と連想しがちだが、実際は晴天の日が多い。
 その年もなかなか雨は降らなかった。仕方なく農家は、堰を切ってもなお足らない所は、川から水をひいて、田植えを始めていた。
 絵里子は、夫と娘の3人でこの郊外の1戸建てに、この春越したばかりだった。念願のマイホームだった。周りには田んぼや畑がまだまだたくさん残っている。というより、田園の中に出来た小さな団地だった。
 夫の泰三はガス会社に勤め、娘の里美は県立高校2年生である。それぞれ方向が違う所に通っている。
 郊外に住んでいる一家には、車2台は必需品だった。
 泰三は一足先に自分の車で家を出る。絵里子は、絵里子専用の車で、最寄の駅まで里美を同乗させて行くのが日課である。
 駅まで行く道路の両側に田んぼが広がっているのだ。その長閑な風景の中を走行する時、絵里子はこの上ない幸せを感じるのだった。
 夫がいて、娘がいて、マイホームがあって、私にも仕事がある。それにマイカーに娘を乗せて、これから出勤しようとしている自分。何て幸せなんだろう。これ以上の幸せがあるのだろうか。毎日神に感謝したい気持ちで一杯だった。14へ

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2007年11月05日

小説・優しい背中

12
 絵里子は、柴谷が好きだという気持ちに、夫の存在を意識することはなかった。また、高校生の娘がいることも。家族に対する愛と柴谷に対する愛は、全く違っていた。だから、なんら不都合は感じなかった。とにかく、柴谷に対しては夢見る夢子さん状態だった。
 とはいっても、仕事が済めば真っ直ぐに自宅へ帰って、家事をこなしていた。夫とも娘とも何ら変わりなくいい関係だった。決して家庭を忘れているわけではなかった。  ただ、柴谷を好きだ、という気持ちに蓋をしようとは、どういうわけか、これっぽっちも思わなかった。その気持は、ふつふつと湧き出る泉のように止めることが出来なかったのである。
 プールサイドで会って以来、絵里子は、柴谷に対する熱い思いを持て余していた。もちろん、誰にも気づかれないよう気を付けていた。当の柴谷さえも気づいてはいないかもしれいことだった。
 仕事で柴谷と会話をすることは少なくない。そんな時、柴谷は全く自然体だった。内容は厳しいものでも穏やかな言い口が、絵里子には信頼がおけた。しかし、それは社員全てに対して皆同じ接し方だった。
 ところが、出勤時だけは違っていた。斜光を背につかつかと現れる柴谷は、絵里子の机の前を通り抜ける時、つかの間、絵里子の熱視線に応えるかのように、絵里子の目を凝視する。そして「おはよう」と言うのだ。
「おはようございます」絵里子は見つめられたまま柴谷より一瞬早くそう言うと、柴谷の目を確認してにっこり笑う。
 絵里子はそれだけで身体が芯から熱くなる。そして、その日1日幸せに過ごせるのであった。
 毎日の、朝の儀式のようなものだった。
 誰にも気づかれていないはずだった。絵里子には、もともと他人の思惑など気にする余裕はなかった。絵里子の夢見るような姿は、もしかしたら、見る人が見たらバレバレだったのかもしれない。
 何となれば、絵里子のこの異変を、隣の席に座っている平林啓太は、いつのころからか何となく感じ始めていたのである。13へ

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2007年11月03日

小説・優しい背中

11
 プールサイドのベンチで柴谷と絵里子が話したのは、ほんのわずかな時間だった。しかも話しの内容は、泳ぎのことばかりだった。それなのに、絵里子はそれ以来、柴谷に対する想いが、一変したのである。
 それは、それまでありえないと思っていたことだった。
それは絵里子にも、なぜだか分からない気持ちの変化だったが、1つは、柴谷が絵里子に関心を持ってくれていることを感じ取ったからかもしれない。絵里子はとにかくそれ以来、柴谷を男性として見るようになっていた。
 それは結婚以来、夫以外の男性に初めて抱いた感情だった。
 絵里子が予想もしないことだった。
 なぜなら、絵里子の家庭生活はとても幸せだったし、充実していた。仕事を通して男性とは常に接している。どんなにハンサムでも、たとえちょっとした拍子に誘惑されることがあっても、絵里子の気持ちに、恋愛感情など湧くことはなかった。それは、何の揺るぎもなく、これからも生涯そんな感情は湧かないものと思っていた。もちろん、それは絵里子が特別に理性で抑えているわけではなく、ごく普通の感性だったのだ。
 ただ、女性、男性にかかわらず、人間関係で悩むことは多々あったし、当然、人間としての好き嫌いは、男性に対してもあったのではあるが。12へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

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2007年11月01日

小説・優しい背中

10
 さっきから、男性レーンで背の高い男性が泳いでいたことは分かっていた。ゴーグルをかけていたので、それが柴谷だとは気がつかなかったのだ。
 オフィスで見る柴谷とはあまりにも違って見えた。浅黒い精悍な身体もそうだが、全体的にとても若々しかったというより、若かったのだ。彼はまだ39歳なのだ、と絵里子は実感していた。
 「びっくりしたあー」
 絵里子は動揺を隠し切れなかった。
 「火曜日ではなかったのですか? それに水泳を?」声は上ずった。心底恥ずかしかった。
 「ごめん、驚いた! 君を見つけて僕も驚いた。普通は火曜日にジムの方で器械を使ってやっているんだ。たまたま今日は時間があったんで、泳ぎにきたの」
 柴谷も偶然を驚いている風だった。
 「そうですか。でもこんなかっこうで会うとちょっと恥ずかしいですね」
 絵里子は胸に手を当てながら素直に言った。オフィスでの自分とは違うテンションの自分に絵里子は戸惑った。
 「ちっとも恥ずかしいとは思わないけど。…君、クロールうまいね」
 「いやだ、見ていたんですか」
 「いや、うまく泳いでいるなあって、つい目が行ったんだ。最初君だと気がつかなかった。よく見ると、もしや君じゃないかって」
 柴谷と絵里子は自然にベンチへ向かい、座って話していた。11へ

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2007年10月30日

小説・優しい背中

bX
 仕事上での柴谷は、絵里子にとっては雲の上の存在というより煙たい存在だった。
 今まで気がつかなかった無駄を指摘し、どんどん改革していった。一方では、販売シェアも上がっていた。
 柴谷は、たいてい部屋にいなかった。外へ出て行く時は、営業部の社員を時々は同行させたが、1人でも社用車を走らせ飛びまわっていた。
 絵里子は、部屋に柴谷がいない方が楽だった。その方がのびのびと仕事が出来るのだ。
 絵里子の仕事は、机上の仕事が主である。データ―をとったり、集めたり、分析したり、それによって、販売企画を作っていく。
 柴谷が県外出張で部屋を空けている時は、特に仕事がはかどったし、アイディアも浮かんだ。かといって、長期の出張となると、どことなく拍子抜けした気分になるのを、絵里子は最近自分で気がついていた。柴谷が、仕事における重石のような存在だったのだ。支社長に認められたいという気持ちが常に働いているのだろう。
 柴谷と絵里子はあれ以来、スポーツクラブで顔を合わせることはなかった。
 絵里子は、元々土曜日をスイミングに当てていたのだ。
 それゆえ、柴谷とスポーツクラブで会うことなど、全く想定していなかった。
 土曜日のその日、30分ほど泳いだ絵里子は、ちょっと休憩するため、プールサイドのベンチへ向かって歩いていた。
 「やあ、もう終わり?」
 後からいきなり声をかけてきた男性がいた。振り向くと、そこに柴谷が立っていた。
 「あら! 支、支社長!」
 絵里子は動揺を隠し切れなかった。10へ

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2007年10月28日

小説・優しい背中

bW
 「昨日、スポーツクラブで君を見かけたけど…」
 いきなり柴谷は絵里子に話し掛けた。
 絵里子は突然の問いかけに驚き、素直に応えていいものか一瞬ことばに詰まった。自分がスポーツクラブで水泳をしていることをあまり他人に言いたくなかった。まして、柴谷にプライベートなことを知られたくなかった。
 「そうですか、ハッピースポーツクラブに何かご用があったのですか?」
 仕方なくそう応えた。
 「いやね、僕、東京でもずっとスポーツジムに通っていたんだ。ここでも、落ち着き次第また行こうと思って、スポーツジムを2〜3ヵ所廻ってみたんだよ」
 「そうなんですか」
 「それでハッピーに決めたよ」
 「えっ、そうですか」
 「で、大城さんは何をやっているの?」
 「…プールでちょっと」
 「そう、スイミングもいいね」
 「僕、火曜日に行きますから」
  柴谷はずっとさわやかな笑顔だった。
  絵里子はヤバイことになったと思った。しかし、まあ、スポーツセンターが一緒だからといって、火曜日に行かなければ会うこともないだろうと思った。それなのに、なぜか、柴谷のさわやかな笑顔が脳裏に焼きついたのである。bXへ

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2007年10月26日

小説・優しい背中

bV
 翌週の金曜日には、会社全体の歓迎会が開かれた。
 支社長の他に、営業社員2人が他支社と入れ替わっていたので、主賓3人の宴会だった。
 柴谷は社員1人1人を廻り、フランクさをアピールしていた。絵里子には、家族関係など笑顔で聞いていった。そんな柴谷を、絵里子は案外いい支社長なのかもしれないと思った。それでも、自分にはあまり関係ない人、と思おうとした。
 その日も9時前にはお開きになった。絵里子は二次会に行くこともなく、早々に自宅へ帰った。
 5月連休明け、絵里子はほっとしていた。絵里子は仕事が好きなのだ。会社の活気が好きなのかもしれない。社員は一種の家族のような気がしている。久しぶりに社員と会うのは、家族に会うように心がウキウキした。
 いつものように朝の掃除が終わり、熱いお茶をすすっていた。
 斜光の中に柴谷が映し出された。
 「おはようございます」絵里子は元気よく挨拶をした。
 「おはようございます」柴谷は返礼してくれる。そしてそのまま絵里子の前を通り過ぎて支社長室へ、通常はそうである。ところが、その朝、柴谷はすーっと恵理子の机に近づいてきたのである。bWへ

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