2007年10月24日

小説・優しい背中

bU
 金曜日の夕方6時、小料理屋”みやび゛に主役の柴谷だけがまだ来ていなかった。
 その日、午後から柴谷は大手の問屋へ出向いたままオフィスへは、戻らなかったのだ。
 引き続きパーティーがあるが、そちらへ顔を出したら、すぐみやびへ向かうから、始めておくように、と電話があったらしく、荒井は涼しい顔で、さっさと宴会を始めた。
 絵里子は、嬉しそうにお酒を飲む荒井を見て、この男案外お酒飲むことだけが目的で歓迎会をやったのかもしれない、思った。
 絵里子は柴谷が来るまでなぜか落ち着かなかった。パーティーを退散してまで本当に来るのだろうかと思ったのだ。柴谷が来たのはそれから1時間くらいたっていた。荒井はすっかり出来上がっていた。山中や平林はさすがに柴谷が到着すると姿勢を正して改まって挨拶をした。
 荒井はバカ丁寧に柴谷を迎えた。
 絵里子はいつになく緊張していた。最後まで柴谷に対してはビジネスライクを通そうと思っていた。
 柴谷は「気を使わないで飲む酒はいいね。お偉いさんたちと飲む酒は味がしないよ」と言いながら、とても楽しそうに顔をほころばせた。絵里子にはそれがとても以外だった。それに仕事で見せる厳しい顔とは違い、肩の力を抜いた柴谷は、柔和な優しい目をしていた。
 荒井は妙にテンションが高かった。
 「大城さん、支局長にドンドンついで」と、絵里子に熱々の徳利を渡した。
 荒井の悪い癖だった。未だに女はお酌するものと思っている。そうすることによって、柴谷が喜ぶとでも思っているのだろう。結局、柴谷にゴマを擦っているのだ。
 絵里子は、仕方なくお酌した。
 しかし、その後の荒井からの指図は聞えないふりをした。
 その後、焼酎に移った。
 柴谷は、福岡の印象など雄弁だった。絵里子は意識的にニコニコと聞き役に徹した。荒井はしきりに相槌を打った。
 9時近くになり荒井がやっとお開きを宣言した。二次会の話は出なかった。bVへ

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2007年10月22日

小説・優しい背中

bT
 支社長室へはオフィスを通り抜けないと行けなかった。絵里子の席は、支社長室の通路に面している。つまり、柴谷は絵里子の席の前を通って支社長室へ出入りするのである。
 柴谷は、就任後2日間、殆んど席を外していた。福岡市内の関係者への挨拶回りだった。副支社長の荒井健介が社用車の運転を兼ねて同行した。51歳になる荒井は、常に柴谷より1歩下がって歩いているが、知らない人が見れば完全に荒井の方が上役に見えるだろう。荒井は、身長は柴谷に比べて頭1つ低いが、がっちりしているので、貫禄十分なのだ。
 しかし、上下関係ははっきりしている。荒井はちゃんとわきまえて気の毒なほど、柴谷に気を使っていた。
 「支社長は何でもよく知っているし、数字もよく覚えておられる。さすがエリートだよ」と、荒井は手離しに柴谷を誉めた。既に一目置いているようだった。
 その荒井が、まずは総務企画だけで歓迎会をやろう、と絵里子に提案してきた。
 絵里子は、荒井がさっそく柴谷に対してゴマをすっているようで、いやな気持ちがしないではなかった。
 総務企画部には、絵里子の他に、38歳の山中学と、24歳の平林啓太がいた。絵里子が便宜上部長ということもあるが、荒井は勤務年数が1番長い絵里子を誰より頼りにしていたので、何でもよく絵里子に相談をもちかけてくるのだ。
 社内親睦会会則で、歓迎会は行うことになっている。おっつけ幹事が計画をたてて開かれることは分かっている。
 何も5人だけでやらなくても、と思ったが、敢えて反対するのも不自然だった。
 他の2人も「いいですよ」と、言った。
 段取りは荒井がとり、その週の金曜日に、荒井の行きつけである小料理屋で、さっそく歓迎会が開かれることになったのである。bUへ

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2007年10月20日

小説・優しい背中

bS
 すぐに、副支社長から新支社長の紹介があった。
 柴谷は挨拶もスマートだった。特に標準語のイントネーションは、より軽快でかっこよかった。ただ、話しの中で何気に出てきた内容は厳しいものだった。
 「社員数を削減するのは、至上命令です。この業務にこの人数はいらないだろうと思う部署からは、人数を減らすことになるでしょう。余剰員は別の職場に行っていただきます。希望者がいれば、その方に行っていただきます。この職場の全ての部署が対象です。」
 人員削減のことは、前支社長から、それとなく聞かされていたことだったが、こうして就任挨拶の中で正式に、しかもさわやかに言い渡されると、誰も何も抵抗出来なかった。
 何のしがらみもない就任時にいやな事をはっきり言っておく、というのが柴谷の判断だった。
 絵里子は、自分が余剰人員になるだろうとは考えていなかった。かといって他に誰も余剰人員と思える人もいなかった。
 とにかく、柴谷とは一線を引きながら、自分の仕事はきっちり認めてもらえるようしっかり頑張るしかないと思うのだった。bTへ

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2007年10月18日

小説・優しい背中

bR
 オフィスの入口は絵里子の机の前方にあった。社員が出社してくる朝のしばらくはそのドアは開け放たれている。 そこから朝日も入っていた。そろそろ始業時刻の9時になろうとしていた時だった。逆光で顔は定かではないが、光線を背に1人の男性が入ってきた。
 肩幅が広かった。身体が引き締まっていた。そのシルエットは渡哲也風だったが身長は優に180センチは越えているだろう。
 絵里子は、来客だと思った。しかし、次の瞬間、「もしや、これが新支社長?」とも思った。まさか、こんなかっこいい男性であるはずがないと、すぐ打ち消した。
 その男性は真っ直ぐに絵里子の机の側まできた。そして、おもむろに、
 「副支社長はどちらですか?」と、言った。
 その瞬間、絵里子は、新支社長の柴谷祐樹に間違いないと確信した。
 「ああ、支社長でいらっしゃいますか。お待ち致しておりました。どうぞこちらへ」
 絵里子は直立していんぎん過ぎるほど、深々と頭を下げた。
 柴谷のことを、前支社長から鼻持ちならぬ高慢な人物と聞かされていた。しかし、イメージしていたのとは、だいぶ違っていた。一言で表現すると、さわやかだった。
 年齢は絵里子より3歳も若い39歳と聞いていた。だが、地位がそう見せるのか、とても年下には見えない。しかし、そのきりっとした若さは、絵里子には、初々しく、異様にまぶしかったのである。
 こんな男性が支社長になるからには、やはりこの会社も変わっていくのだろう、と緊張せざるをえなかった。
 前支社長は、気さくな人柄だった。絵里子だけでなく社員とは誰とでも和気藹々で、いつでも気楽に対話が出来る存在だった。
 飲み会で、下ネタの話に及ぶことがある。そんな時も絵里子は、笑って受け流すことが出来た。しかし、柴谷はそんな風に親しみを持てるような感じではない。どこか自分たちとは違う世界の人に感じられた。
 柴谷は、あくまでも、支社を改革するために使わされた、言わば社員にとっては敵なのだから、絶対心を許すまいと、絵里子は改めて思うのだった。bSへ

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2007年10月16日

小説・優しい背中

bQ
 入社当時は30名程の社員数だったが、20年の間には増減の起伏があり、現在は正社員が15名である。支社長、副支社長、総務企画部3名、経理部5名、販売部5名、常時アルバイトが4〜5人名いう体制は、組織としてはちょうどいい具合だった。
 女性の中では、絵里子の42歳という年齢は最も高かった。その分、キャリアもあるが、給料も高い。絵里子は、そのことを少し申訳なく思っているので、仕事もバリバリこなす一方で、人がやりたがらない雑用も進んでやった。
 日頃から、掃除やお茶くみは、女性なら当然やるべきだと心得ている。それゆえに、年長者であるにも拘らず、何の抵抗もなく、自然に出来るのだ。
 そんな絵里子の謙虚な姿を見ても、今の若い女性社員は、見て見ぬふりをしている。
 いつの間にか、雑用は絵里子がするものと、決っているかのようだった。
 絵里子は、それを不服とも思わなかったし、若い人を咎めたりもしなかった。
 それは、嫌われたくない、という狡さかもしれなかったが、仕事さえちゃんとやってくれれば、という会社の経営方針にも添っていた。
 
 絵里子は、年をとっていくことに少しもあせりは感じていなかった。むしろ、今が人生の中で1番余裕があるように思えた。職場の今の立場も心地よかった。
 どんな支社長が来ようと、自分は自分、絶対、媚を売るような真似だけはすまいと、絵里子は決心していた。
 ぼんやりお茶をすすっていると、机に届いていた暖かい斜光が一瞬遮断された。bRへ

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2007年10月14日

小説・優しい背中

bP
 四方をビルに囲まれている2階のオフィスにも、ビルのちょっとした隙間から朝日は差し込んできた。
 その長い斜光は、絵里子の机の上まで届いていた。絵里子はいつものように誰よりも早く出勤してオフィス内を掃除した。一通り掃除を終え、社員にお茶を入れた。始業時刻の9時まであと15分という頃になって、やっとぞろぞろ社員が出勤してくる。
 4月1日、絵里子はいつものように自分の席で、自分が入れたお茶をすすった。暖かい光の中で、普通では見えないほこりが白く舞っていた。
 大城絵里子が大学を卒業してこの大手通販会社に入社したのは、20年も前のことである。総合職として、総務に配置されテキパキと仕事をこなしてきた。その間、結婚もし、出産もした。今では、取引先の業者の間にも深く信頼されている。人間関係で取引が出来上がっている自負もあった。
 ところが、日本経済が市場重視に転換され始めてから、会社の経営方針が徐々に変わってきた。会社は、利益を順調に上げているにも関わらず、人件費を切り詰めるようになった。
 電話で注文を受けるコールセンターは、既に、全ての支社を統一して、中国の大連に移動していた。
 それまでいた日本社員はリストラされ、社員は全て現地採用に切り替わった。
 大幅なコスト削減になった。
 本社は、リストラの鉾先を、総務や経理、営業部門にも向けていた。
 福岡支社も例外ではない。
 絵里子は、今やっている自分の仕事を、誰にでもすぐ出来るとは思いたくなかった。
 しかし、今日4月1日から支社長が変わる。前の支社長は関連会社に出向になり、後任が本社から就任することになっているのだ。
 前支社長の話では、彼より一回り若い気鋭の切れ者だというのだ。しかも、事務部門のリストラを遂行する使命も負っているという。
 絵里子たち社員は身構えざるを得なかった。2へ

(上記は、カテゴリー〈小説・優しい背中〉で連載します)

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