2010年11月08日

香港・マカオ・深せん・上海4日間の旅


’10.11.5北京ダック.jpg香港夜景.jpg 11月5日〜8日まで元職場OB会30名で組む上記旅行に参加した。
 今回募集があってすぐの時、友人からペアーを組もうという電話があり、すぐに申し込みをしていた。
 ところが、その友人から、家族が急病になったので行けなくなったという電話が、10月4日にある。
 それからが大変だった。
 既にキャンセル料が明日から発生するという日だったから。
 その日、旅行に行ってくれる相手を探したが見つからなかった。
 せっかく楽しみにしていた旅行、キャンセルはしたくなかった。
 急なことでもあるし、今緊張状態にある中国、それに相棒に振られたからというのでは、簡単に承諾してくれるはずがないのは当然だったかもしれない。
 当初から、「俺は仕事で行けない」と宣言している夫に、「割高になっても1人で参加する」と言うと、「仕方ない、仕事を休んで俺が行ってやる」と言った。
 感激した。
 全く期待していなかったので、喜びもひとしおだった。
 初めて心から夫に感謝した。
 頼りになるのはやっぱり夫、と思った次第である。
 この旅が、夫にとって「行ってよかった」と思わせる旅になることをひたすら願って、長崎空港を13時30分、30分遅れで、まず上海空港へ、そこから第1の目的地香港へと旅立ったのである。この段bQへ
 (写真は、香港の夕食北京料理に出たペキンダックと、ハーバープロムナードからの夜景)

posted by hidamari at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月20日

天草旅行2日目


天草五橋展望所.jpg松島に似た天草の海.jpg 





大えびす像.jpg牛深ハイヤ大橋.jpg





崎津天主堂.jpg大江天主堂.jpg







 松島温泉の夜は、大広間で懇親会が開かれた。
 不思議なことに、どこにも必ず宴会を盛り上げてくれる人が、何人かはいるものだ。
 座ることなく踊ったり歌ったりして場を笑いの渦に巻いてくれる人、
 御酌して回るなど、全てのことに気配りをする人等。
 また、あかず熱心におしゃべりしている人もいる。
 食べることに余念がない人も。
 いつもの宴会風景だった。

 翌18日 天気晴のち曇り
 雨という予報に反して、幸いにもお天気は上々。

天草五橋展望 ― 日本一の大えびす像 ― 牛深の町散策 ― 牛深ハイヤ大橋見物 ― 牛深の新鮮な魚料理の昼食 ― 崎津天主堂(羊角湾ののどかな漁村に建つ尖塔が印象的なゴシック様式の教会) ― 大江天主堂(山上の農村に建つロマネスク様式の白亜の教会)― 天草西海岸サンセットライン ― 鬼池港 ― 島鉄フェリー ― 口之津港 ― 帰宅

 牛深港は漁船が寄港する所だった。
 ここで歌われていたハイヤ節を、各地の船員たちが持ち帰ったことで、ハイヤ節が広まっていったということ。
 ハイヤとは、南(はえ)風という意味。
 南風が吹いたら出港しようぜ、ということだろうか。
 かつては金回りのいい船員さんたちで、夜の街も活気があったそうだが、今では殆どの店のシャッターが下ろされていた。
 おみやげ品店もしかりだった。
 ただ、やはり、お昼に食べたお刺身、カワハギの煮つけ、タイの吸いもの等、豪快な漁師料理はおいしかった。

 夕方から雨になったが、旅行中は天気に恵まれ、全員元気で家路に着くことができた。
 めでたし、めでたし、 ハ イヤ ハ イヤ …てか!

posted by hidamari at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

みずなし本陣・天草切支丹館


土石流被災家屋.jpg天草切支丹館・本渡歴史民俗資料館.jpg





ハーイヤ人形(本渡歴史民俗資料館にて).jpg天草切支丹館庭にあった方位盤.jpg





 昭和最後の5年間、我々夫婦の勤務地は島原市内だった。
 島原市は家族で過ごした懐かしい所である。
 その後も、たまには訪ねる町なのだ。
 みずなし本陣には、何度も行っているし、深江町は姑のふるさと。
 何度訪ねても懐かしい所であるが、ツアーで見学するとは。
 私以外の方も、概ね同じ気持ちなのではと思いながらも、皆でワイワイそこらを廻った。
 昼食場所は本陣の食事処で、島原名産の具雑煮定食だった。
 まあ、企画も昼食場所も兼ねて設定したのだろう。
 天草本渡へは口之津港からフェリーで鬼池港へ。乗船時間30分。
 天草島を東廻りで本渡天草切支丹館へ。
 実は天草へも、これまでにも何度か来ている。
 他の人もきっとそうだろう。
 ちなみに私は、島原勤務の時慰安旅行といえば、フェリーで行く熊本方面ばかりだった。
 ずっと昔のことだが長崎勤務の時にも、やはり慰安旅行で来たことがあるので、この地はそんなに珍しい所ではない。
 いずれにしても、海産物とごはんが美味しいという記憶があって、今回、それが忘れられず参加したというところである。
 天草は一言でいうと、海がきれいな、漁業の町ということだ。
 バスは海岸線をずっと走った。
 ちょうど干潮時、岩場で海産物を捕っている漁師さんもちらほら目にした。
 漁船もここかしこで見かけはしたが、かつてのような活気は見られない。
 有明海潮受け堤防の排水門・開閉が今問題になっているが、漁業で生計をたてている人は、やはり死活問題なのでは、と思ったりした。
 至る所で天草四郎の歓迎を受けながら、午後4時過ぎには、早々に今夜の宿である天草松島温泉に到着した。
 
(2日目に続く)

posted by hidamari at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月18日

1泊2日・天草一周バスツアー

 元職場OB会主催の1泊旅行に参加した。

 5月17(月)天気晴れ
 参加者38名、添乗員、ガイドさん、運転士さん 計40名
 出発はゆっくり、私たち諫早勢は10時45分にバス乗車。
 島原市内経由みずなし本陣ふかえへ(土石流被災家屋保存公園見学と具雑煮の昼食)
 口之津港から島鉄フェリーで鬼池港へ
 本渡・殉教公園
 天草切支丹館(本渡歴史民俗資料館)
 天草松島温泉泊

 夫は仕事のため私1人参加。
 といっても、会員は全て顔見知りのため、全く不都合はなく、和気あいあい、楽しい旅行ができた。
 バスの中での相席は81歳の大先輩。
 奥様を6年間介護し、その奥様を3年前に亡くされているとのこと。
 子供さんたちは既に独立して東京暮らし、全くの1人暮らしなのに、とても明るく元気なのにはびっくり。
 自分で家事をこなして毎日のんびり生活しておられるそうだが、別にそれを寂しいとは思わないそうだ。
 夏休みと冬休みに子供たちの家族が訪れるのは嬉しいが、一緒に暮らそうと言われても、現に誘われているが、行く気はないという。

 夜の宴会では、その大先輩、カラオケで歌を披露されたが、その声量と歌の巧さにまたびっくりした。
 他にも80代の方が3名おられたが、皆若々しく元気だったのには、我が行く道の先輩として、大いに勇気をもらった次第である。

 (以上記述途中だが、帰宅後取り急ぎ書きとめたもので、後は明日記述する予定…)

posted by hidamari at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月29日

熊本日帰りバスツアー


熊本城天守閣.jpg城内銀杏.jpg O国会議員と行くバスツアーに、料理教室の友人グループで参加した。
 熊本城の、昨年復元された本丸御殿は、武家文化の粋を極めたりっぱなもので、見応えのあるものだった。
 熊本城は、別名銀杏城といわれるとおり、まさに今、見事な色の銀杏が、ひと際お城に映えて美しかった。
 あと、大野勝彦氏の風の丘美術館、阿蘇ファームランドを見学した。
 お昼はファームランドで80種類のバイキング料理だった。
 朝7時から夜7時まで、バス4台で行く強行軍だったが、お天気もまあまあで、大満足の1日だった。

(写真は、天守閣と銀杏の大木)
posted by hidamari at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

済州島 エステ・フルコース

 済州島2日目の夜、美人ガイドさんに予約をとってもらい、ホテルの近くにあるトータルエステの専門店へ行った。
 ツアーの仲間で、同年齢女性4人、グループを作って行った。 
 前夜行っていたツアー仲間から、とても良かったよ、という一応の折り紙つきだった。

 (赤外線サウナ―よもぎ座蒸し浴―アカスリ―アロエパック―顔マッサージ―パック―髪シャンプー―全身マッサージ―ストレッチ)というメニューの、フルコース
 日本円で9,000円。送迎車あり
 ストレッチは少々痛かったが、顔や全身のパック、マッサージ等はとても気持ちよく、心なしか若返ったような。
 タレントさんが、旅先で、エステを受けている場面を、テレビで時々見ていたが、私もそれが実際に体験出来たわけだ。 
 全裸で受けるわけだから、考えてみると、とても恥ずかしいことだが、きれいな女性の美容師さんなので、まあいいかなあ、と思った。

 午後9時から11時までの2時間みっちり。
 仲間4人とも、これが旅の醍醐味と多いに満足したようだった。
 私も概ね満足した。
韓定食席.jpg食べられない刺身のツマ.jpg

(写真は2日目の夜の、韓定食席場。
 右側の刺身の下に敷いてあるツマが問題になった。食べられる食材と思ってすでに口にした人がいた中、店員が「それは食べられません」と強い口調で言ったのだ。いったいそれが何で出来たものか分からずじまいだったが、その後下痢をする人もいなかった)
posted by hidamari at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月24日

済州島東側観光


万丈窟前公園.jpg太王四神記のテーマパーク.jpg 済州島3日目
 万丈窟―太王四神記テーマパーク―ソプチコジ―城邑民俗村―キムチ食品店

 天気晴
 専用バスの美人ガイドさんは、大学で日本のことを学ばれただけあって、日本と韓国、ひいてはアジアの歴史をよく知っておられて、バスの中でも退屈しなかった。
 キムチの元の唐辛子も、豊臣秀吉が朝鮮侵入の際もたらした産物だということ。
 日本の方が、ヨーロッパとの交易が早かったというわけだ。

 世界遺産である万丈窟。
 ハルラサンの噴火による溶岩洞窟で、世界最長の総延長13.4kmあるが、公開されているのは1kmのみ。
 それでもまっ暗い中、足元はデコボコで、そうとうきつい。

 ヨン様主演ドラマ「太王四神記」のメインセット場。
 かなり大規模な見事なセット。
 京都の映画村と比べてどうなんだろう。
 ここで1時間過ごした。
 昼食はうどんすきを食べた。

 ドラマ、イ・ビョンホン主演「オールイン」ロケ地。
 修道院を再現したオールインハウスでは、イ・ビョンホンの実物大と一緒に、記念撮影が出来るパネルがあちこちに置いてあった。
 土産品売り場も充実。
 海と海岸線が美しかった。
 ここから見る城山日出峰(世界遺産)は、昼間でも抜群の絶景だった。

 城邑民俗村では、現場で、ここに住む美人主婦のガイドを受けた。
 このガイドさん、日本語はペラペラだが、語尾に必ず「…わよ〜」を付ける独特な語り口が、いつまでも印象に残る人だった。
  
 キムチ専門店に立ち寄り、その後早めの夕食、石焼ビビンバを食べた。
 お店の外観はパッとしなかったが、石焼ビビンバはほどよいおこげがあり、とても美味しかった。

プジコジ.jpg民俗村入口.jpg
(写真は、左上、万丈窟公園、右上、太王四神記のメインセット場。
 左下、ソプチコジ、右下、民族村入口(済州島至る所に守護神トルハルバンがあった。ここにもその石のおじいさんは村の入り口で守っていた) 
posted by hidamari at 11:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月23日

済州島西側観光


仙臨橋.jpg天帝淵滝.jpg 済州島2日目
 狭才窟―ハンリム公園―射撃場―山房窟寺―中文リゾート(高級ホテル、海水浴場、ゴルフ場等)―天帝淵の滝―トケビ(お化け道路)―お土産専門店

 初日に続き天気晴
 火山島である済州島は日本では富士山のような象徴的な山がハルラサンである。
 天然記念物の狭才窟は、溶岩洞窟から鍾乳洞へ移行する途中の洞窟で無数の小さな鍾乳石筍がある。
 
 山房窟寺は切り立った山の中腹にある洞窟を利用した高麗時代のお寺。
 ここから見る海岸もきれいだった。

 昼食はきじ肉のしゃぶしゃぶ料理。
 柔らかくてあっさりしていて美味。
 少なめのうどんがまた美味しかった。
 
 滝はどこにでもあるような滝、天女のモチーフが華麗な仙臨橋は、観光用に施されたものだろう。
 楽しみの夕食は韓定食だった。
 ちなみに、1日目は韓国焼肉カルビだった。


山房窟寺.jpgハンリム公園.jpg



(写真は、左上から仙臨橋、天帝淵滝、左下山房窟寺、ハンリム公園)
posted by hidamari at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

竜頭岩・三姓穴


竜頭岩.jpg三姓穴.jpg 済州島北側観光
 済州島は思ったより規模の大きな島だった。
 面積は香川県と同じくらいで、人口は約55万人。
 日本でいうと人口は半分位だが、沖縄県みたいなポジションではなかろうか。
 韓国のハワイと言われ、観光の拠点の1つだろう。
 景色の美しい、特に海がきれいな所だった。

 まず、済州空港から最初に訪れたのは、竜頭岩だった。
 福井県の東尋坊を思わせる所だった。
 溶岩の形が、竜が頭をもたげて海から這い上がろうとしているのに似ている所から、いろいろ物語が伝説となっているとのこと。
 
 次にどこにでも必ずある話だが、その国(ここでは済州島)を創建した人物発祥の地とされている、三姓穴のある、神話にふさわしい緑の中の聖地に行った。
 その後、済州民族自然史博物館や、免税店等、市内観光をして、楽しい夕食会場へ行った次第である。

(写真は、竜頭岩と三姓穴) 
posted by hidamari at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

済州島(チェジュド)旅行

 憧れの済州島へ行ってきた。
 かって勤めていた職場のOB会41名のツアーである。
 夫婦、2人以上のグループで構成された団体は、顔見知りの人たちばかりで、終始笑い声が絶えない旅だった。
 現地のベテラン女性ガイドさんは、美人でユーモアがあり知性もたっぷりで、退屈することはなかった。
 今回、夫は、仕事があり行けなかったが、昨晩深夜近くに、ツアーバスが止まる所まで、笑顔で車を走らせてくれた。
 ちゃんと、免税店でブランドのネクタイ、お土産に買ってきてよかった。
 取りあえず今日は、景色がすばらしかった済州島のスナップ写真を1枚アップした。
城山日出峰.jpg
(写真は、城山日出峰―済州島東側海岸
 先の大戦時に日本軍が武器を収納していたとされる洞窟後の穴も肉眼で見えた。
 ドラマ、オールインのロケハウスがあるソプチコンから撮ったもの。紺碧の海がきれいで絶景だった)
posted by hidamari at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

門司港駅


門司港駅.jpg 門司レトロ
 門司港駅前に、古き良き時代、貿易港として栄えた門司の街並みを集約してある観光スポット。
 40分くらいの時間では記念館を全て回るのは無理。
 とりあえず、駅前にあった旧門司三井倶楽部に入った。
 アインシュタイン夫妻が宿泊した部屋や、林芙美子さんの資料室があった。
 林芙美子さんは、山口県尾道市出身という印象が強いが、門司もゆかりの地なのか。
 47歳の若さで亡くなっている。
 貧乏との戦いだったが、「放浪記」が売れて一躍流行作家になってからは、お金もいっぱい手に入った。
 しかし、貧乏の辛さが身に染みていたのか、栄枯盛衰の文壇で、常に不安な日を送っていたという。
 「花のいのちは短くて、苦しきことのみ多かりき」
 はあまりにも有名な歌である。
 森光子さんの芝居と重ねてしまうが、こんなに長く芝居が続いていることを本人はあの世でどんな風に感じているだろうか。
 門司レトロとは関係なく、林芙美子に食いついていた私だった。

(写真は、門司港駅。JR九州鹿児島本線の駅。駅舎としては、唯一国の重要文化財だということ)
posted by hidamari at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

萩、藍場川散策


台所のハトバ.jpg藍場川散策.jpg 萩・津和野バスツワー
 元同じ職場だった人たちのグループでバスツワーに参加した。
 萩・津和野歴史探訪の旅は、思いのほか盛りだくさんで意義深いものだった。
 その他、秋吉台、秋芳洞、金子みすず記念館などを回った。
 急に参加を決めたこともあり、下調べも何もしていなかったが、それにしても知らないことがいかに多いか、改めて思った次第である。
 山口県は総理大臣を生み出した最多の県であることは知っているが、桂太郎旧宅を訪ねた時は、この人誰と思った。
第11、13、15代総理大臣を務めた人だそうだ。

 藍場川沿いの穏やかな生活が垣間見られる、萩の町だった。
 藍場川とは、萩市内を流れる人工の川。

(写真左側は、台所ハトバ ― 通りの川に突き出た屋根を作り、炊事用に利用されるようにしてある) 
   
posted by hidamari at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月18日

福山城


福山城.jpg 名物に旨い物…
 「名物に旨い物なし」ということわざがあるくらい、昔のお土産品は高いばかりで美味しいとは思わなかったものである。
 でもいつのころか、各地の名産品は評判になるくらい美味しい物が多い。
 私の旅の醍醐味はお土産を買うことにもある。その地の特産品を現地で買うと、新たな発見があり、改めて美味しいと感じたり、いいと感じたりするものである。
 少々高くても買うことにしている。
 思い切って買ったつもりでも、帰るといつももっと買ってくればよかったと後悔する。2度と行かない地は特に相当大胆に買った方がいいと思っている。
 ただ、今ではインターネットで買える場合もあるから、それを見極めればよい。
 中国旅行の際、蘇洲で、真綿(シルク)の布団を1枚しか買ってこなかったことを未だに後悔している。
 名刺をもらってきたので、インターネットで買うことが出来るのだが、なにしろ中国語が出来ない。日本の商社を通すと何倍にもなる。
 真綿の布団は蚕100パーセントで目の前で作っていた。冬でも夏でも離せない優れものだ。
 あと、鳥取の藍染綿の半天、あまりに高かったので買えなかった。でも、2度とお目にかかれない代物。後悔している。
 今回、福山旅行で買ったお土産。
 鞆の浦の保命酒と、広島のもみじまんじゅう。
 もみじまんじゅうは種類も豊富でますます美味しくなっていた。

(写真は、新幹線のホームから撮ったもの。福山城は戦国の名将水野勝成が築城)
posted by hidamari at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月13日

瀬戸内の景勝 鞆の浦


瀬戸内の景勝 蕚の浦.jpg 広島県福山市鞆の浦への旅
 夫の元職場関係のグループ旅行に付いていった。旅先は鞆の浦。
 実はこの地が、こんなに名所旧跡が多く、歴史的にも興味深い事が多い所だとは知らなかった。
 ただ、大河ドラマ「篤姫」で草刈政雄が演じていた、老中阿部正弘が福山藩主であったことは、ドラマを見て知っていたことだった。
 坂本龍馬率いる海援隊の操船いろは丸が、紀州藩船船明光丸と衝突したのが備後灘の六島沖。
 この時、鞆沖で沈んだいろは丸の足跡を証す資料館は、坂本龍馬の活躍した足跡も展示してあった。
 日本で初めて海難審判を起し勝利し、莫大な賠償金を手にしたものの、その後時をおかず、京都の近江屋旅館で暗殺されてしまう。
 その莫大なお金は海援隊の会計をしていた岩崎弥太郎の元に。それが三菱グループの礎になったとか。
 現場に来て、説明を聞くと、龍馬がこの地をかっ歩したという現実を感じるのである。

(写真は、真言宗寺院・福禅寺の客殿からみた瀬戸内海の眺望。この客殿で坂本龍馬が紀州藩の重役と交渉したといわれている。国立公園第1号の一つ) 

posted by hidamari at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月02日

小城公園の桜


小城公園の桜.jpg 九州国立博物館と秋月・小城公園花見バスツワー
 バスツワーに参加するなら、温泉か花見がよい。
 今年は国宝大絵巻展と花見の抱き合わせツワーに、夫と参加した。
 朝、8時から夕方7時までの強行軍だったが、ウイークデーということもあって、予定より1時間早く帰宅することが出来た。
 それでも、バス停までの往復を入れて、1万5千歩は歩いただろうか。
 
 桜の花は道中、至る所で目にした。さらに菜の花も至る所に散在していた。
 改めて日本の自然は素晴らしいと思った次第である。
 特に、神社、仏閣、学校、お城等に桜の花が無い所はない。
 桜は、近くで見ても遠くで見てもよい。

 今回のツワーでは、福岡の秋月公園と甘木公園、佐賀の小城公園の桜を見た。
 来年また何処か違う場所で桜を見たいと思った。
 こうして、1年1年生き長らえて行くことが、幸せの証しなのかもしれない。
 桜の季節になると毎年思うことである。

 博物館で見た大絵巻展は、素晴らしいものには違いないが、どれも同じようなもので、私にはちょっと退屈だった。恥ずかしくて他人には言えないことだが…。

(写真は、花曇だったため今一つ花の色が冴えないが、見事な小城公園の桜)
posted by hidamari at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月25日

USJのテーマパークに置いてあったジープ


映画の中で使われたジープ.jpg 小沢昭一歌のステージ
 昨晩の市民劇場は、小沢昭一さんの、歌とおしゃべりの“ひとりミュージカル”であった。
 御歳78歳の小沢さんは、1時間35分休憩なし、水も飲まず、立ちっ放し。しかも時々は舞台を飛び回ったりされた。
 ハーモニカの達人であることは周知のことだが、お歌も、しみじみと心に沁み、ほんとうに心がいやされたひとときであった。
 曲目が、ミヨちゃん、あめふり、おさるのかごや、等の童謡や、東京行進曲、2人は若い、等の戦後の懐かしい流行歌だったことも、我々の年代には、心が洗われ、また昔を思い出し、ひととき若やいだ気持ちになったのである。

 小沢さんは、東京の麻布中学から、海軍に憧れて海軍兵学校へ入学されたそうだ。入って間もなく終戦になり、実際は戦争へは行かれなかったとのこと。しかし、敗戦後の、国民の無惨な生活の中で、戦争の残酷さや卑劣さを改めて知ったという。
 軍国少年から一変して、反戦を訴え続けておれれるところだ。
 今年も、小沢少年が生まれ変わられたという、終戦記念日の8月15日がもうすぐやってくる。

(写真は、映画のジェラシックパーク内で実際に使われたという、ジープ)
posted by hidamari at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月23日

大阪城


遠くから見た大阪城.jpg ユニバーサル・スタジオ・ジャパンと大阪への旅C
 USJの中で遅い昼食を軽めにとって、我々夫婦は今回の旅の目的である、ある会の懇親会に出席するため大阪全日空ホテルへと向かった。
 この懇親会の主催は、全国各地に散らばっている会員の当番制で、毎年行われている。
 この会が開かれることにより、毎年あちこち旅行出来る。
 会員はもちろん夫であるが、私は妻ということで、ご相伴にあづかっている次第である。
 この時ばかりは、夫のお蔭だと、心底感謝している。

 今年は大阪の方が当番だったのだ。
 懇親会会場は、づぼらやという割烹料理屋さんだった。
 ちなみにづぼらやさんは、大阪では、ふぐ料理でとても有名らしく、道頓堀界隈では、別館が何軒もあった。
 我々が、ふぐ料理のコースを精一杯堪能したのは、言うまでもない。

 その会で予定されていた、翌日の市内観光は、台風の影響で全てキャンセルになった。
 せっかくだから、何人かでグループを作り、大阪城でも見学して帰ろうということになった。
 幸い台風も、大阪は免れたみたいで、無事大阪城の天守閣へ上り、大阪の街を見おろすことが出来たのである。

ふぐコース料理.jpg
大阪全日空ホテルロビー.jpg

(写真は、ふぐ料理の一部・ホテルのロビー・遠くから見た大阪城)
 
 

posted by hidamari at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月20日

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン


ユニバーサルスタディオジャパン入場口前.jpg ユニバーサル・スタジオ・ジャパンと大阪への旅B
 大阪1日目の夜は、ホテル京阪ユニバーサル・シティに宿泊する。
 インターネットで同じ条件の4箇所のホテルから、適当に選んだものだったが、部屋も洗面室も広々として、当たりかなと思った。何より嬉しかったのは天井に大きな照明があったことだ。部屋の照明は薄暗いのがいいとよく言われるが、私は明るいのが好き。
 夕食はホテルのレストランで取った。バイキング形式で、お値段は1人4000円だったが、いろいろ割引があり、ビールを飲んでも2人で6000円ちょっとですんだ。
 バイキングは、私の場合、何度も足を運ぶのがつい億劫になり、どうしても元を取らないような気がする。しかし、旅館でない限り、最近はこの形式が多いようだ。
 若い人は、嬉しそうに、たくさん食べていた。

 2日目、いよいよユニバーサル・スタジオに入場。
 大阪旅行に当たって考えたことは、何年か前に訪れた時にはまだ存在しなかった、ユニバーサル・スタジオにぜひ行ってみたいということだった。
 幸い、年齢制限もないようだし、思い切って来てしまった。夫は、何も分からず、ただ私に付き合ってくれた。
 入場料、1人5500円。
 それに、時間節約の上からも、夫婦2人の味気なさを解消する上からも、ムービー・ダイブ・ツアーなるものに、参加する。チケット代1人5500円。
 計、22000円也。
 台風前兆の悪天候にもかかわらず、参加者が6人のグループが成立し、若い男性のツアー担当者が親切に案内してくれた。
 アトラクション体験―ジョーズ、スパイダーマンザ・ライド
 ショー―ウイケッド(オズの魔法使い)
 等、子供に返ってけっこう楽しかった。Cへ

プリティーウーマンに使われた建物.jpg
ランド・オブ・オズ.jpg

(写真はたくさん撮ったが、ごく1部をアップした)

 
posted by hidamari at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

 道頓堀界隈


水掛け不動さん.jpg ユニバーサル・スタジオ・ジャパンと大阪への旅A
通天閣見学後、恵比寿から地下鉄で、なんばへ。
 地下街からとりあえず地上に出ると、そこはとたんに繁華街だった。
 千日前、法善寺横町、宗右衛門町、心斎橋、戎橋等聞いたことがある名前が次から次へ目に飛び込んできた。
 阪神タイガースが優勝した時、大勢の人が橋の上から川に飛び込んでいるのをテレビで見たが、その戎橋はすっかり改修されていた。
 歩いているだけではつまらないと、立ち止まって入った所が、道頓堀極楽商店街というレトロなテーマパークだった。
 入口はさして大きく感じなかったが、中に入ると、迷路のような通路が上へ続いていてけっこう広かったのでびっくりする。
 そこは、大正末期から昭和初期の街並みを再現したもので、タイムスリップしたような怪しげな感覚に、ちょっと戸惑った。
 ただ、そんな異様な雰囲気の店でも、たこ焼きは安くておいしかった。さすが大阪だと思った。
 たこ焼きを食べながら、もし今、この中で地震や火事にあったら、私たち夫婦は(ちなみに今回夫と2人旅)、身元不明のまま何日も放置されるのは必至だと、ふと思った。
 まさか、こんな所へ入り込んでいるとは、誰も思わないだろうから、捜しもしないだろう。
 そんなことまで考えさせられた、摩訶不思議な空間だった。Bへ

道頓堀極楽商店街.jpg
宗右衛門町通り.jpg

(写真は、水掛不動明、他道頓堀極楽商店街、宗右衛門町通り)

posted by hidamari at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月16日

通天閣


通天閣.jpg ユニバーサル・スタジオ・ジャパンと大阪への旅@
 昨日夜遅く、2泊3日のセット大阪旅行から帰宅した。
 1日目、ユニバーサルシティのホテル京阪にチェックインして、その足で、まず、恵比寿の通天閣を見学に行った。
 テレビドラマで舞台としてよく取り入れられている。
 初代のものは先の大戦で火災にあい、今のは2代目であるのは周知のとおりである。
 画像で見て想像していたのとは、現場で見ると、感じが違う。
 新世界にそびえる103mのタワーは、大阪のシンボルというより、恵比寿の下町商店街のシンボルといえる。
 新世界の市場に入ってみたが、午後は夕食の買い物客で賑わっているかと思いきや、シーンと静まりかえっていた。閉店している所も多かったので、商売をしている人が利用する、午前中だけが賑わうのだろうか。
 しかし、周りの商店街は一様に活気がなかった。
 ゴミゴミはしていたが、けっこう廃れていると思うのは私だけだろうか。
 通天閣に登ると、まっ先に目に飛び込んだのが、幸せを運ぶといわれるユニークな顔のピリケン像。
 相当有名らしいけれど、私は初対面。とりあえず、カメラに納め、ピリケンストラップを記念に購入する。
 通天閣を後にして、地下鉄で難波へ行き、道頓堀界隈を散策する。ここは、さすが大阪、と思った。街並みもきれいで、若者がうようよしていたし、活気があり、恵比寿とはだいぶ違うと思った。Aへ
 
ピリケン様.jpg
 (写真は、小さな通りから撮った通天閣)
 (下段は、ピリケン像の神様)
posted by hidamari at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする